| 小栗上野介の業績(東善寺) ●● 遣米使節団の業績 |
遣米使節の業績
| 2002(平成14)年11月20日、NHK「その時歴史が動いた」で「改革に散った最後の幕臣 小栗上野介」が放送されると、「一本のねじから日本の近代は始まった」というサブタイトルがきいたのか、おまいりにおいでの方が口々に「感動した」「ねじを見せてください」「「ねじはどこ…」と言われる。 |
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| 小栗上野介が欧米の近代文化のシンボルとして持ち帰ったねじ釘は、たしかに寺に保管されているが、ねじくぎ1本持ち帰ったらすぐに近代化が始まった、というほどことは簡単にゆかない。「このようなねじ釘を、どんどん作れる国にしたい」という小栗上野介の思いを実現できる施設が必要となる。 国際長距離レースにたとえれば、欧米諸国がとっくにスタートを切ってもう背中も見えないくらい遠くへ走っているのに、日本はまだスタートラインにもついていないことを痛感したのが遣米使節の旅だった。スタートラインにつこうにも、参加する支度が出来ていないのだから、いったいどこから手をつけたら支度ができるのか、と考えるのがまともな政治家。それが小栗上野介だった。 |
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![]() ▲使節が泊まったときのメニュー表紙より 建物はその後改築されて上の写真のようになった。 |
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そのヒントとなったのが、ワシントンの海軍造船所見学。ここはたんなる「船を造るところ」ではない。製鉄を基盤としてあらゆる部品・工具を作るたくさんの工場が並び、その向うで「船も」造られ、修理される総合的な工場だった。 |
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![]() ネジ釘 小栗忠順がアメリカ土産としたネジ |
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| ワシントン海軍造船所見学 1860・萬延元年4月5日 この見学がヒントとなって横須賀造船所が生まれ、「横須賀は日本近代重工学のいっさいの源泉」(司馬遼太郎『三浦半島記』)=日本の産業革命の地となってゆく。日本に近代工学をもたらす契機となった記念すべき写真といえよう。 (参考:横須賀一覧図を読む) |
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■遣米使節団の業績を矮小(わいしょう)化 ところが、この大事な写真を明治以後の歴史書・教科書は無視するかせいぜい「ワシントン上陸後の記念写真」ていどの扱いですませてきた。それは明治以来130年間の学校教育において、幕府政治は遅れていた封建政治、日本を近代化したのは明治政府、とする幕府政治否定教育を基本としててきたからである。その風潮は今も続いていて、たとえば次のように「ただの観光旅行」と評する歴史家がいたりする。 たとえば、次のような記述である。 |
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| 関連ページ |
| ■世界一周の旅…世界一周をした最初の日本人 ■遣米使節の行程:日本人初の世界一周の行程表 ■遣米使節の旅コースを訪ねる:フィラデルフィア編 US cities the Japanese delegation visited in 1860: Philadelphia ■遣米使節の旅コースを訪ねる:ワシントン編:海軍造船所の正門はまだ存在していた US cities the Japanese delegation visited in 1860: Washington ■遣米使節の旅コースを訪ねる・ニューヨーク編:ブロウドウェイを途中から迂回して ■リーフレット『遣米使節三船』:教科書から咸臨丸を外すために Brochure "Three Ships That Carried the First Japanese Embassy to the United States Around the World" ■Bridge of Hope (English) … 小栗上野介の業績を紹介するJEWL発行の書籍 JEWL(Japanese Executive Women's League) in Los Angeles introduces the achievements of Kozukenosuke Tadamasa Oguri in the book they published. ■大統領の記念メダル:使節と従者全員に金・銀・銅のメダルが贈られた ■世界一周をした名主・佐藤藤七:権田村名主が従者として世界一周 ■玉蟲左太夫:仙台藩士の見た世界は新鮮だった ■遣米使節小栗の従者:小栗忠順の従者9名 ■遣米使節従者・三好権三…島根の人だった ■遣米使節の業績・・・1本のネジくぎを持ち帰った小栗 ■横須賀明細一覧図を読む…図から読み取れる産業革命の地横須賀 ■遣米使節三船…ポウハタン号で渡米。咸臨丸ではない ■「咸臨丸病」の日本人:何でも勝海舟を出さないと気がすまない症候群 ■修身教科書が作った咸臨丸神話…今も生きている戦前の修身教育の後遺症 ■ブルック大尉::咸臨丸が沈まなかったのはブルックとジョン万次郎のおかげ ■トミーポルカ:アメリカで大人気となった少年通訳立石斧次郎の音楽 ■遣米使節とアメリカの酪農…初めてアイスクリームを食べた日本人 ■大統領の記念メダル:使節と従者全員に金・銀・銅のメダルが贈られた ■「ポウハタン号の町・伊豆下田」 ■帆船模型作家・岡崎英幸さんに感謝状…おかげで「遣米使節3船」がそろいました |
| ◇遣米使節一行一覧表(リンク) ◇『航米記』従者・木村鉄太の世界一周記 ◇遣米使節 世界一周の旅 ◇本:遣米使節 「小栗忠順従者の記録」 ◇ファスニングジャーナル誌(リンク) ◇米国から持ち帰ったネジ(同上・リンク) |