| 特別展示●●遣米使節・世界一周の旅 |
特別展示
<平成15年5月から東善寺庫裡で展示中です>
*この展示は、平成20年4月中は、東京での小栗上野介展のため、寺では見られません。
小栗上野介が日本近代化の眼を開いた
遣米使節・世界一周の旅
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| あと6年で「遣米使節150年」になります | 小栗上野介全身像と会津で生まれた遺児クニ | 日本の近代はペリーの久里浜上陸から始まったといわれる | ペリー二度目の来日に披露したお土産 |
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| ハワイ王カメハムレ夫妻 ハワイはサンドイッチ島と呼ばれていた | 140数年前のアメリカの新聞など実物史料も展示 | 多くの方が興味を持って見学 | |
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| 従者たちも大統領から記念メダルをもらった | ロアノウク号で大西洋をワシントンへ向かう | 権田村名主佐藤藤七は『渡海日記』をのこした | ホワイトハウスでブキャナン大統領に会う使節 |
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| 米国軍艦三隻(ポウハタン・ロウアノウク・ナイアガラ)を乗り継いで世界一周をした | ワシントンで見たものは鉄があふれている「鉄の国」アメリカだった | 熊本藩士木村鉄太も詳細な記録『航米記』を残した | アメリカ各地での見聞は日本人の好奇心を誘った |
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| サンフランシスコを往復しただけの咸臨丸が明治以後過大評価されている | 小栗上野介が設立した日本初の株式会社「兵庫商社」と小布施の高井鴻山 | 小布施岩松院に残る小栗上野介の名前 | 日本初の本格ホテル築地ホテルは小栗上野介指導の株式会社で資金を集め建設 |
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| ガラスネガの佐藤藤七像、又一・佐藤銀十郎・大井礒十郎像 | 小栗上野介がアメリカから持ち帰った「ネジ」は近年注目を浴びている | ||
| このページをご覧になったあなたは 咸臨丸を教科書からはずす会 の会員資格があります。 会員の責務:教科書から咸臨丸の絵をはずして、代わりに遣米使節のワシントン海軍造船所見学記念の写真を載せよう!、と主張する。 会員の特典:「勝海舟は遣米使節ではない」「「勝海舟はサンフランシスコから帰った」「遣米使節は咸臨丸には乗らなかった」「小栗上野介のワシントン海軍造船所見学から横須賀造船所建設が発想された」・・・などの知識をひけらかすことができます。 会費:無料 |
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| 関連ページ |
| ■世界一周をした名主・佐藤藤七:権田村名主が従者として世界一周 |
| ■ブルック大尉:咸臨丸が沈まなかったのはブルックとジョン万次郎のおかげ |
| ■大統領の記念メダル:使節と従者全員に金・銀・銅のメダルが贈られた |
| ■玉蟲左太夫:仙台藩士の見た世界は新鮮だった |
| ■遣米使節小栗の従者:小栗忠順の従者9名 |
| ■遣米使節従者・三好権三…島根の人だった |
| ■遣米使節の業績・・・1本のネジくぎを持ち帰った小栗 |
| ■遣米使節三船…咸臨丸ではない |
| ■「ポウハタン号の町・伊豆下田」 |