東善寺・山だより                 山行・スキー あれこれ (高退連山の会)               

 群馬高退連山の会 山行 

群馬高体連登山部で活動した各高校顧問の山仲間が教員退職後も山に登り友情を温め、心豊かに過ごそうという会
村上泰賢が参加した山行を幾つか掲載。ここに載らない山行もたくさんあります。

霧深き山なみ 南蔵王の縦走
   2017平成29年7月24〜25日
 7月24日 群馬〜あぶくま洞見学〜遠刈田温泉のペンション「ウッドチャック」
25日 宿〜刈田峠…杉が峰…芝草平…屏風岳…不忘岳…硯石〜「ウッドチャック」〜群馬
▲あぶくま洞 初日は雨が降らない鍾乳洞見学  ▲ペンション「ウッドチャック」 …とは、北米に棲む地リスの一種 原語はネイティヴアメリカンの命名。    翌朝は曇り模様で、梅雨前線が北海道から戻って東北にかかる天気図の、最悪の状況の中休みの一日になりそう…という希望的観測で出発。
ペンションのオーナー夫妻に刈田峠まで車2台で送ってもらって、晴れてはいないが雨にならないのをよしとして07:45出発する  
刈田峠はすぐ上に少し登ると蔵王のお釜がある場所だが、ガスっていてなんの気配もない。 トキソウ 色が薄かった
トキソウ、シャクナゲが迎えてくれる。ガスっているから足元と花しか見えない。        ▲刈田峠避難小屋  08:05
コメツツジ  小粒な白い花 ▲たぶんミネウスユキソウ 
相変わらず風もない霧の中を歩く  ネバリノギラン 掴むとたしかに粘る 前山 08:32
ウスユキソウとミネウスユキソウ 杉ヶ峰  08:54  何も見えない
エゾシオガマ ハクサンチドリ
ゴゼンタチバナ 芝草平 チングルマの綿毛が霧を吸っている
キンコウカ ウラジロヨウラク 芝草平 09:25
 晴れていればたくさんの湿原と花が見られたろうが  ▲屏風岳 1817m  10:05  ▲レジェンド登坂さん 80歳で頑張る
     
 ▲イチヤクソウ    ▲ハクサンシャクナゲ  ▲南屏風岳1810m  10:57
     
 霧が上がって、蔵王が見える  南屏風岳を背に不忘岳の登りにとりつく  ▲不忘岳
     
   ▲ハクサンフウロ  ▲クルマユリ
     
 ▲イブキジャコウソウ 香りがいい  ▲タイツリオウギ  ▲昭和20年3月10日、吹雪の中で米機B-29が3機も衝突し34名の若者が死んだ
     
 ▲不忘岳 11:45 下山にかかると、雨が降り出した。ガンガン下る。  ▲イブキトラノオ  ▲硯石 14:20 ペンションの迎え車が冷たいスイカと一緒に待っていた。おいしかった!
     





宝の山  会津磐梯山
2016平成28年10月3日〜4日 
中の湯8:10 昨夜、前線が通過して強い風が吹く。八方台駐車場から林の中をゆるやかに登って、廃業した中の湯に着く。 少しぬるい 岩の下からブクブク湧いているのは熱い。 ▲どこから長い柄杓を見つけてきたのだろう。「意味のないことをするのが男の子」、と育児の本にあったが・・・
風が強い 樹林帯を登ると、頭上ではゴウゴウと梢を鳴らして強風が吹く 北の展望 尾根の所々でガスが流れる合間に桧原湖が見え、右手に下山で通るはずの銅沼(あかぬま)、そのむこうに裏磐梯スキー場が開けている
▲山の鐘 日本山岳会福島支部が設けたもの 弘法清水 9:29着 弘法大師が迎えてくれた。ここは四合目だという。おかしい、と聞いてみると富士山に対抗していて、磐梯山の頂上で五合目だそうな。 弘法清水 いい場所にいい水があるものだ。まろやかな味の清水だった。
▲弘法清水小屋1625m 休み茶屋が二つあって、おしるこ・甘酒・コーヒー・ラーメン  定番の品が食欲をそそるが、まだそれほどお腹が空いていない。 櫛ヶ峰 しだいに晴れてきて、きれいな展望が広がる。東の櫛ヶ峰は意外に低い
桧原湖 どんどん晴れてきて、風も少し収まってきた。紅葉の山肌がきれい。 頂上まで小屋から高度差約190m すぐそこに見えても手強い 東〜南東 黄色く色づいた田んぼがきれいだ
▲磐梯山頂上 1816m 北は雲がかかっていて展望がよくないが、東〜南にかけてきれいに晴れてきた。弘法小屋に「四合目」とあって、ワンピッチでたちまち頂上だからどうなっているのか。富士山に対抗して、その半分だからこの頂上は五合目だそうな…。でもこれ以上は登れない五合目。
▲頂上の傍らに売店だけの弘法清水小屋出張所が、戸締めであった。背後のスキー場は星野リゾートアルツ磐梯スキー場。
▲南に猪苗代湖が思いがけない大きさで広がり、湖畔の田んぼがほとんど黄色くなっていて稔りの秋を告げている。 ▲真東の田んぼも黄色く色づいている。 ▲東の櫛ヶ峰との鞍部に、登山道が細く見える。弘法小屋のお姉さんが、今朝登ってきて強風で三回も倒されたというのはあのへんらしい。
紅葉が始まってドウダンツツジ、ナナカマドの実、、モミジが色づいている。低気圧が太平洋北東海上で発達しているらしく、今朝から西風がすごかったが、だいぶ治まってきた。
▲ お花畑の分岐 ここで櫛ヶ峰との鞍部からガレ場を下る班と別れる。高齢者は膝に悪いから、無理しない。 ▲中の湯分岐 登った道をここまで下り、裏磐梯スキー場への道に入る。 ▲どんどん下って、銅沼(あかぬま)の辺りについた。
銅沼 明治21年(1888)の噴火で下の村まで崩れ埋めた、凄まじい崩落の跡が正面に見える。湖畔の右斜面にはいまだに噴気が見られる。間違いなくいまも生きている火山だ。 裏磐梯スキー場を下る スキー場の駐車場に停めた車まで下っていった。

 


丹沢・鍋割山〜塔ノ岳
2016平成28年6月2・3日
 学生時代に登って以来久しぶりの丹沢は緑豊かで、鍋割山頂上から相模平野〜相模湾を見下ろす雄大な眺望、確かにいい山だった。

鍋割小屋の朝 
二俣 山蛭よけの塩をふりかける。   前橋市08:00ー玉村宿で原と合流ー高坂SAで全体合流ー秦野中井ICー1115県民の森「芝生の広場」で昼食ー二俣で水を背負う。水の入ったペットボトルがたくさん置いてあり、鍋割小屋への補給ボランティアに協力する。
後沢乗越 乗越と言っても反対側(後沢)斜面は切り立っていて、下る踏み跡はない。 ヤマボウシ 乗越で休む頭上にはヤマボウシが咲いていた。ほかにフタリシズカ、ウツギ、、アセビ、などたくさんの草木が楽しませてくれる。丹沢は温暖だからアセビの自生が目立つ。
明るい尾根 明るく開けた尾根道は、樹木も豊富で登っていて楽しい。翌日帰路の金冷し〜堀山の家間の階段続きの味気ない大倉尾根とは雲泥の差がある。
鍋割山山頂  眼下に相模湾が広がり、小田原、秦野、平塚、江ノ島、三浦半島、城ヶ島、まで見晴らせる。西は富士山に雲があって判然としない。 ▲我々を追い抜いて登った親子はラーメンを食べると、下っていった。子供が日帰り登山する山に、我々は泊まるのだ。
にわか雨 一休みしているとにわか雨。慌てて小屋に入る。下っていった親子は難儀していることだろう。 雨後の山頂 30分位で雨は止んで箱根の後ろに天城の万次郎、真鶴半島、初島。西には富士山まで綺麗に見える。薄闇の中に江ノ島や、城ヶ島の灯台が光る。
 背景の富士山は露出を調整しないと映らない。このペーのトップ参照。 ▲塔ノ岳への尾根道 この道も昨日と似ていて、鹿が食べた草原状の尾根に木々が生い茂り、ヤマボウシやウツギの花、が咲いている。オヤ、ツクバネウツギ(リンク)だ。
小丸 ここから二俣へ下るルートがある。 鹿の食害保護柵 尾根筋の所々にネットで保護策が設けてあり、食害を受けないヤブとの差が一目でわかる。鹿は笹や幼木の新芽まで食べてしまうから、木が育たず、崩壊が進む原因となる。
塔ノ岳山頂 丹沢は頂上に小屋がある。ここの尊仏山荘は右の狗留尊佛から来た名前ということか。 狗留尊佛如来 山頂脇には山麓の東光院の名前が入った狗留尊佛が祀られていた。過去七7佛の第4代を祀る山ということになる。 花立山荘 金冷しまで戻って大倉尾根を下る。花立山荘は展望のきく尾根に建つ。
階段続き 花立山荘からもガンガン下る。 堀山の家 ここから大倉バス停へ行かず、「道迷いで危険」と書かれた二俣への道に真っ直ぐ入る。確かに歩く人が少なく、注意しないと尾根を踏み外し、危険な沢下りとなりそうなコースだった。二俣から芝生の広場ー「湯花楽」で汗を流しー一路群馬へ戻る。
 


尾瀬戸倉スキー
2016平成28年2月15日
 「尾瀬からヒマラヤまで」を標榜して生徒を指導してきた群馬県高体連登山部にとって、 尾瀬戸倉スキー場は、長年お世話になってきたお馴染みの会場。毎年2月に各校顧問が冬山講習会で富士見峠まで登って訓練とコース調査を行い、3月末に生徒を対象とするリーダー冬季講習会で峠の富士見小屋を開けてもらって実施してきた。そのほか、関東大会や国体の関連でもお世話になってきた。

 昨秋で峠の富士見小屋の営業を終了し小屋を閉鎖したこともあって、今回のスキーは感慨深いものとなった。尾瀬アヤメ平や富士見峠周辺は生徒の雪上講習の場として、理想的な場所であったが、今年三月に特別に開けてもらって富士見峠での講習は終りとなる。あとの会場は、別の山を探すこととなるが、それは現役の皆さんの仕事。

 顧問OB会の高退連山の会としてと鞍スキー場は久しぶりの会場となる。
富士見旅館の始さん夫妻も喜んで迎えてくれ、始さんは我々に二日間付き合ってスキー指導をして遊んでくれた。
▲萩原始さんの挨拶をしんみりと聴く  昭和44年のインターハイ、その前の準備段階から数えると50年近いお付き合いをいただいてきた。 
     
              奥様も顔を見せてくれ、心にしみるご挨拶を頂いた。  
     
▲ タオルと袋の文字は村上が書いたもの。これも懐かしい。 始さんから講習を受けて、かなり滑りがきれいになった、・・・と思う。 


栗 駒 山
2015平成27年10月6日〜7日
紅葉が始まった栗駒山を味わうことができた
太田桐生IC=北関東道・東北道=若柳金成IC−栗駒「ハイルザーム」泊 山の上のローマ風呂のような温泉! 7日8:45いわかがみ平登山口から東栗駒山コースに入る。
紅葉が始まっている新湯沢をさかのぼり、途中から尾根に出て東栗駒山へ。
このコースは緩やかな登りと、展望がいいので、登っていて楽しいコース。栗駒山の頂上は時折ガスがかかるすっきりしない天候。
コースは東栗駒山から巻くようにしてゆるやかに登り、11:00最後に頂上直下を一登りすると1627mの頂上に着く。あいにくガスで視界がきかない。
帰りは 中央コースをひたすら下る。途中から道が低く掘れた跡に石畳を敷いたので、視界がきかない単調な下り。ここを登らなくてよかった、と思うコースだった。12:27いわかがみ平のゲストハウスについて登山終了。これから帰宅する班と焼石岳、船形山に登る班に分かれて解散した。
帰宅班は大崎市の帆船模型作家岡崎英幸氏宅を訪問して、帰路についた。 
 



               歴史の裏街道
           
四郎峠と四郎岳 単独行 (高退連山の会の山行ではありません)
                                          2015平成27年10月9日
 
 四郎峠は、丸沼から四郎沢を詰めて登りついた峠で、峠から西へ大薙沢を下って〜 根羽沢から〜大清水へ出ると、―三平峠ー尾瀬沼―会津へと抜けられる。戸倉関所を通らずに会津へ行ける会津街道(会津から言えば沼田街道)の裏道の峠である。
 
 慶応四年閏四月六日、小栗上野介は西軍によって無実の罪で殺害された。

 小栗道子夫人は権田の村人に守られて権田村―吾妻−野反池―秋山郷―新潟―会津へと逃れた。その後を追うように権田村の大井伝兵衛・渡辺筆吉の二人が沼田から直接会津へ入った。その途中、二人が尾瀬沼のほとりを警備していた会津藩士に尋問されている文書が、会津藩士の子孫川原田氏によってもたらされ、この史実が判明した。(詳しくは小栗上野介顕彰会機関誌『たつなみ』28号に掲載)

 小栗夫人護衛隊に加わった村人中澤兼五郎は大井伝兵衛の弟で、新潟県十日町あたりから金策のために権田村へ一旦引き返して、僅かなお金を持って再び会津へ向かっている。その経路もやはり会津街道を取ったという。二人の目的は、少しでも足しになればとお金を届けようとしたと考えられる。西軍に追われる思いの危険な旅だから、渡辺筆吉もやはり伝兵衛の弟であろう。
 
 では二人は西軍の最前線だった戸倉を通らずにどうやって尾瀬沼に出たか、この四郎峠を抜けたのではあるまいか。そう考えると一度は登って確かめたい峠だった。
     
 ▲丸沼温泉ホテルは、ゆったりした雰囲気でくつろげる。08:50出発  ▲右手の駐車場の西端から左の沢に降りて、石伝いに対岸へ渡る。  ▲すぐに沢が二股になり、踏み跡に従って左の四郎沢を登る。
     
 ▲沢に沿って石ころ伝いに踏み跡が続く。  ▲砂防堰堤が5基。下流から1・3・4は右岸側、2・5は左岸側に踏み跡がある。  ▲「尾根に取り付け」 09:20 5、を越えるとルートは沢から尾根に取り付く。ちょっと注意する所。
     
 ▲細い尾根に道がしっかりついている。尾根の左右の沢はナメ滝状に流れている。  ▲この辺に幾つかの標識もある。  細い尾根にコメツガの大木が根を張り、十条製紙の看板がある。細い尾根から最後に笹をかき分けるように登る
     
 ▲ひとのぼりで四郎峠 10:10着 峠は風情のないただの狭い鞍部。反対側の大薙沢へかすかに踏みあとが下りている。二人はここを下ったのだろうか…。  ▲峠から四郎岳へは笹がきれいに刈り払われている。数日前の仕事で、ここは巡視路らしい。  ▲峠からは急斜面をひたすら一直線。連れがいれば先登者のかかとを見ながら登るようなきつい登りが続く。
     
 ▲かなり登ると、視界が開けて反対側の燕巣山が、やはり急斜面の尾根の上にそびえている。右端は根名草山。  ▲四郎岳頂上 11:10着 コメツガなどに覆われ西側の視界はきかない。  ▲尾根上の踏み跡は南に続いている。やはり笹が刈られている。
     
 ▲東側の視界が開けていて、日光白根山が雲を少しかぶっている ▲丸沼スキー場のゲレンデがくっきりと見え 手前に丸沼が光っている 
     
 ▲オヤ、丸沼の「バットレス構造」で有名なダム堰堤も見える。右が大尻沼だ。  ▲急登の帰りは急降下。ガンガン下ってたちまち四郎峠に着く。  ▲峠の下り  紅葉が始まっていた。13:00駐車場着

  
 関連情報
小栗道子夫人会津脱出の護衛が小栗上野介顕彰の始まり…権田村の農民の義挙が小栗上野介顕彰の原点
小栗上野介の顕彰活動会津脱出から現在までの顕彰活動
会津へ逃れた小栗夫人
会津脱出の「歴史の道」秋山郷への山旅(画像)
夫人護衛の苦難味わう・秋山郷へ(リンク)
「小栗上野介と会津」を読んで
(寄稿)
 





火打山・妙高山
   2015平成27年七月28〜29日

キヌガサソウがたくさん咲いていた
 28日 横川SAで合流=
▲9:20登山口で登山届を提出して歩き出す。久しぶりの仲間とも会えて、会話が楽しい。黒沢を渡り、尾根に取り付くと、長い登りが続く。十二曲がりを過ぎると傾斜は少し緩くなって、山道をひたすら登り続ける。
▲針葉樹林の道端にゴゼンタチバナがひっそり ▲12:30富士見平で黒沢湿原への道と別れ、左に入る。
▲仲間たち 今回の幹事T氏は背負子の発泡スチロール箱にたくさんのビールを詰め、ツマミを用意してくれる。こういう幹事は、ありがたい。
13:30高谷池高谷池ヒュッテで宿泊手続きを済ませ、一休みして散歩に出る。火打山に登る班と、ガスがかかっているし前に登ったからいいやと散策する班。
天狗の庭に上がると豊富な残雪と、雪解け直後の新鮮なお花畑が広がる。
雪解けが進む天狗の庭は一面のお花畑となっていた


                             
コバイケイソウ・ハクサンチドリ・クルマユリ・キヌガサソウ・ワタスゲ・ハクサンコザクラ・モミジカラマツ・チングルマ… 
 
「自然の美と友情の中に安住したい」と佐藤春夫は怠惰なことを言った(と思った)が、今日はそれを実感できる。  夕食後たそがれてゆく火打山を眺めながら、一杯、一杯、亦一杯…。
▲29日 6:00今日は妙高山に登る。 茶臼山への登りで、オヤ、木道脇にウサギギクが咲いている。  そして右下に見えてきた黒沢池湿原。
▲7:00いったん黒沢池ヒュッテへ下り、再び登って大倉乗越に上がると、7:40目前に妙高山がくっきりそびえる。あれに登るのかあ〜。ソバナが笑っている。乗越から急に下ってトラバースしてゆくと、一昨日ガケ崩れしたばかりのの現場にぶつかる。
 下に降りるように巻いて、ガラ場を通過。  またトラバースが続き、ソバナの群落が迎えてくれる。さらにひたすらガンガン登って10:21頂上  とにかくきつい登りだった。 あいにくガスがかかって視界がきかない。
     
帰りの黒沢池湿原はクルマユリ・ハクサンコザクラ・ハクサンフウロの群落・霧のワタスゲ…とまさに天上の楽園。13:10木道散歩が何ともいい気分。木に登ってまでいい構図を狙う男もいたがまだ見せてもらってない。  
 


  上州武尊スキー 
2015平成27年2月15・16日
     
滑っている写真がない。   説明もいらない…。
     
   ▲日光白根山(左)  

  




  金精山こんせいざん
   (日光白根山系)  
 
金精峠からの金精山
ほかの会員は日光白根山に登るが、私は
金精山〜五色山〜弥陀ヶ池〜スキー場
の単独行

2014平成26年10月15日
     
 ▲金精トンネルを抜けて栃木側登山口にに駐車場があり、車をおいて登り始める。  金精山の山名は「金精様=ヒンドウ教のリンガ=男性器信仰」から来ている。峠の祠にはかつて石のリンガ(金精様)がたくさん奉納されていたという。さらに金精山の山容はチベットの聖山カイラス山によく似ている。根源はカイラス山であろう。この山容を確かめたくて、今回の登山となった。  関連ページ:御神木三又の木はシヴァ神の鉾
     
 ▲男体山 金精山に登り始めると、東に男体山が雄大な姿を表す。手前に湯ノ湖が光る。峠から金精山北面の登山道は急だった。おまけに所々しみだした水が岩の上に凍っていて、単独行では 下りたくない道。  ▲金精山2244m頂上 久しぶりの山行で足元が覚束ないからゆっくり歩数を数えながら登った。  ▲男体山と大真名子山、小真名子山、女峰山  素晴らしい好天の秋空に恵まれて、気持ちがのびのびする。 
     
 ▲原生林を下る。  奥秩父を思わせる原生林の中を下って、国境平から笹の中を五色山へ登り返すことになる。   ▲金精山と峠 振り返る金精峠の上に、オヤ薄い雲が出たぞ。天候が変わるか?  ▲温泉ヶ岳2333m  薄い雲は温泉ヶ岳にもかかり始めた。 
     
 ▲日光白根山  五色山は日光白根山の外輪山に当たる。目の前に大きくそびえる急峻な山肌に草木が僅かしか見えないのは、火山活動が近年まで活発だったことを示している。日光白根は妙高山に山容が似ているが、妙高山は頂上まで木々に覆われている。  頂上にいるかもしれない本隊に携帯電話で呼びかけても、応答なし。
     
 東から次第にガスが湧いてきて、視界が狭くなる。 コースは次第に下って日光白根山の根本へ下りて行く。小さな峠を越えると弥陀ヶ池になる。 
     ヒッチハイクで金精峠へ
 はじめの約束では、丸沼スキー場から本隊の車で金精峠へ送ってもらうことになっていた。しかし本隊とはついに携帯連絡が取れず、駐車場に車も見当たらない。
 仕方なく、ヒッチハイクで峠へ車を取りに戻る作戦にして、歩き出した。しかし何台もの車に無視され続け、2キロ位歩いたところでようやく宇都宮から来たというおじさんの軽に拾ってもらえ、無事に車を回収できた。歩いたら12キロあるから助かった!!
 昨夜泊まった加羅具羅温泉に浸かって本隊を待ち、風呂から上がったらようやく下山してきた。ヤレヤレ
 
弥陀ヶ池  ここから菅沼に下る道、白根山に登る道、もあるがスキー場へのコースを取る。

 


  帝釈山たいしゃくさん (2060m)
小中学生のころの地理で「帝釈山脈」というのがあって、
どうしてこの名前になったのか調べると、こんどは、
どうしてこの山の名前が関東の脊梁山脈についたのか、
今でも不思議な山名


オサバグサ(黒岩繁氏撮影)
この山を代表する花オサバグサ
シダを思わせる葉が機織りの「オサ」
に似ていることからついた名

2013年平成25年6月2日山行
     
  入山 太田市出発。猿倉登山口〜田代山から帝釈山に登る予定を変えて、日光から川俣湖の上流馬坂沢林道に入りすごい山道を走って馬坂峠をめざしたが、峠の直前で残雪にさえぎられ、久しぶりにヒマラヤ遠征のアプローチを思わせる作業が楽しかったが、あきらめて歩くことにする。 
     
  馬坂峠・うまさかとうげ  20台くらいの駐車場と立派なトイレ(まだ閉鎖中)がある。檜枝岐側は除雪されていて車で上がってこられる。
     
 サンカヨウ  ミツバオウレンの群落 オサバグサは針葉樹林の標徴種だという
     
 エンレイソウ  ミヤマカタバミ ピントがずれた  イワナシ の花をたのしみ
     
 ハイマツが出ると頂上  峠から1時間ほどの登りだった  燧岳 尾瀬の主峰で東北地方最高の山
     
    燧岳から会津駒ケ岳への稜線がゆるやかに波打って、残雪を光らせる。かつて生徒と沼山峠から大杉岳〜会津駒ケ岳へと歩いた長い尾根が、目の前に展開する。(山並みの谷などよ〜く見ると、写真の継ぎ目がわかります)
     
  ここまでが上の写真の続き  奥日光の山  置いてきた車が林道に見える
     
正面の田代山まで往復する予定だったが、稜線を少し歩くと残雪に足をとられ、アイゼンもピッケルも持たず短時間では済まないことがわかったので、取りやめる。アプローチに時間がかかったから、日帰り登山に無理は禁物。このつぎは田代山を目標にしよう。
 



  サエラでスキー      
   2012年1月18日
サエラスキー場
登坂 巌・黒岩繁
高橋守男・村上泰賢
 
  サエラスキー場(片品村)  あまり行かないスキー場だが、右手の長い尾根コースと、左西斜面の逆光になるゲレンデがよかった
 逆光の西斜面

ここは逆光になるため写真写りがよく、雪煙がきれいに映り込んで、いかにもそれらしく見える。お互いにヨイショしながら、たのしく滑る。
   
  ふつうのデジカメカメラはシャッターを押した時少し遅れて切れるから、いい瞬間がとらえられない。
     
  連続モードに切り替えればいいのだが、めったに使わない素人の悲しさ、操作方法がわからないから普通のまま撮る
     
  長い尾根コースは数段に別れ、上州武尊山の展望もよく、いろいろな斜面を楽しめる
 



  車山スキー
2008年平成20年2月
 信州・車山は快晴、360度展望のスキーだった
     
 快晴の車山山頂で背景は北アルプス連山 サア、滑ろう 滑り出すと止まらない面々
     
 登坂 71歳  大沢 65歳  村上 66歳
     
 梅沢夫人 年齢不詳  梅沢 65歳  薗田 61歳 一番若い!
     
 まあ、こんなもんでしょう  楽しかったア〜  きつい壁だったなア〜
     
 まだまだやれるよ〜  ぎっくり腰も何とかクリアしたよ〜  いい滑りができました〜
     
 何やってるんだ・・・  こんなとこ、撮るなってば〜  毎日蓼科山に見守られていました
     
 ほらあれが槍ケ岳で、鹿島槍まで続いていて…  正面は八ケ岳が輝き  その右に富士山も見えた
  関連ページ
白山は花いっぱいの山だった(2007年7月) 
宿はこちら「ピステ」…フランス料理とワインが美味しい。マスターはスキーのインストラクター。  写真提供:ほとんどオーナー栗原氏撮影




2006平成18年2月 車山スキー  第1日、降雪の中を滑っていると、夕方雪がやんで対面のゲレンデ一面に滝雲が出現した。目の前の斜面を雲がなだれ落ち、雲の中からスキーヤーが滑り下りてくる、神秘的な景観に見とれた。
滝雲をバックにハイ、ポーズ 第2日、快晴! 山頂は360度の展望 山頂目指して登る
宿「ピステ」はフランス料理 おいしい!! オーナーはスキーとワインののインストラクター  ワインの種類も豊富だ