東善寺・小栗上野介   横須賀市で初の小栗上野介展「小栗上野介と横須賀製鉄所」


横須賀製鉄所(造船所)創設150周年記念パネル展
小栗上野介と横須賀製鉄所 終了しました
2015平成27年11月13日~22日


                                      ▲小栗上野介顕彰会が新調したタペストリー     撮影:豊原稔


  横須賀製鉄所が慶応元年(1865)に着工して150周年を記念し、小栗上野介の業績と横須賀製鉄所の関連を展示します。小栗上野介主従を殺害した西軍(明治新政府軍)は家財を没収売却し軍資金として持ち去ったので、遺品類は極めて少ししか残らず、パネル展示が中心となります。
 小栗上野介が「いずれ土蔵付き売据えの栄誉が残せるよ」、と笑って語ったその土蔵(横須賀製鉄所)が幕末日本の産業革命の地となり、日本初の蒸気機関による総合工場としてものづくり・人づくりの原点=日本産業革命の地となって、日本近代化に貢献したことをご覧いただきます。

 

主催
:横須賀市・横須賀市文化会館指定管理者 
共催:小栗上野介顕彰会
後援:高崎市  
協力:近代歴史遺産活用事業推進委員会・東善寺

期間:11月13日~22日
午前10時~午後6時まで(最終日は午後3時まで)
会場:横須賀市文化会館(横須賀市深田台・自然人文博物館の隣)
     アクセス・道順―こちらをクリック
 
おもな内容(予定)
◇開国と遣米使節の旅
◇小栗上野介とは
◇日本近代化のレールをしいた幕末の8年間
◇横須賀製鉄所
◇幕末の八年間・富岡製糸場
◇上州土着の夢むなし
◇小栗夫人会津へ脱出―上州人の義侠心
◇小栗上野介の顕彰

ギャラリートーク:下記の日程で会場での解説を行います。予約不要・無料
ギャラリートーク       小栗顕彰会役員による展示説明
                  10:30~   14:00~  2回
 担当 \11月  13  14 15日 16  17   18 19  20  21  22日
 市川平治会長     ヴェルニー・小栗祭 
 展示はしています
 ○  ◯      ○  
 村上泰賢住職  ◯  ◯      ○ ○   

小栗上野介と横須賀製鉄所展


横須賀製鉄所の特徴 三つ
今回の展示にあたり三つに絞りました。
この三つを見ると、
横須賀造船所はほんとうの「日本産業革命の地」であるといえます。
 蒸気機関を原動力としていること慶応年間から
 人類の工業の原動力は人力-牛馬力-水力と発達。幕末の日本は水力までだが、横須賀に大きな川はない。横須賀製鉄所は当初から蒸気機関を原動力としていた。慶応元年(1865)に着工すると、できた工場から順次、蒸気機関を原動力として稼働した。
    例: 富岡製糸場東西繭倉庫のモデル建物といわれる製綱所は慶応2年(1866)に完成し、蒸気機関で日本最      初の工業ロープを造っていた。

 何でも造る総合工場であること

遣米使節で見学したワシントン海軍造船所と同じく横須賀製鉄所も、なんでも造る総合工場だった。
 鉄工所で蒸気機関の釜、シャフト、パイプ、歯車、ネジ、スクリュ-からドアノブ、厨房の鍋、カマまであらゆる鉄製品を造り、製帆所で帆、製綱所でロープ、木工所で船体、船室、床、壁、階段、手すりを作り、製帆所で帆織り、斬ったり縫ったりして帆を作り、製綱所でたくさんのロープを作り、それらを集めて「船も」造っていた。
それらはすべて蒸気機関の働きで造られた。
    

 人材育成機関を備えて人づくりもしていたこと
ものづくりの基は人づくり

横須賀製鉄所は当時最新の人材育成機関を備え、フランス語を基調として数学、物理、代数学、高等代数学、方程式論、解析幾何学、画法幾何学、物理学、化学、力学材料学、材料力学、造船学、製図学、機械学、蒸気機械学、熱動学、羅針学、艦砲装置学などを学んだ。
黌舎   黌舎
(大学理工学部に相当。全国から応募)と職人黌舎(技術職としての職工を養成)があった。
    例: 金沢市から13歳で歩いて横須賀へやってきた辰巳一少年は、黌舎で学んでその才能を認められ、フランス     に留学して高等数学を学び、帰国後は造船大監として活躍した。お孫さんは辰巳芳子さん(料理研究家)
機関学校 帆船の時は不要だった機関操作と設計ができる高級幹部技術将校の養成を行った。
    例:中島知久平は明治四十年に卒業し、後に「飛行機は民間で造るべき」として中島飛行機(現在・スバル・富士重工)を興した。
「中島         飛行機は横須賀造船所の弟」である。


官軍」という言葉は使わない

 の反対語は→    のはず
官軍 になると  反対語が→  賊軍  となる。  民軍にならない
 
 賊軍は「どんなことををしても悪い軍隊」  という意味になる。  すると
 官軍は「どんなことをしても正しい軍隊」  という意味になれる。とんでもない決めつけ言葉

  *世界中の軍隊でこれまで「何をしても正しい軍隊」など存在したことはあるまい。
  *官軍意識でする政治は民のためにならない。

参考 ・官軍意識との戦い(復刻版・蜷川新著「維新前後の政争と小栗上野の死」のパンフレット推薦文・村上泰賢)

 
     
 ▲会場入り口です まず顕彰慰霊碑のタペストリー(3m)が 目を惹く 横須賀開国史研究会会員が受付ボランティア 
     
文化会館職員は、これほどボリュームのある展示は初めて、という。初日から沢山の人が参観。  ギャラリートークもつい力が入る。
     
▲「見たことがない資料がいっぱい!」「目からウロコが落ちる展示」とほめていただく。  ▲日仏交流の研究家ポラックさんがフランス人の団体を案内してきて、熱心に参観
 
▲なんと、ヴェルニーの子孫の一人ダミアン ヴェルニーさんもいました
     
 ポウハタン号 帆船模型
遣米使節はこの米軍艦でハワイ―サンフランシスコ―パナマまで行った。
広瀬保庵筆「環海航路地図」 
遣米使節に随行した山梨県の医師が文久二年に発刊した世界一周地図。細かな行程記録に驚く。
ロアノウク号・ナイアガラ号 
帆船模型が並ぶと迫力がある
     
富岡製糸場  富岡製糸場と横須賀造船所の共通点は建物ばかりでなく
①初めから蒸気機関を原動力としていたこと ②経営のソフト面もフランス式で行ったこと  である。
少ない遺品  小栗上野介展をすると、「遺品が少ない、パネルばかり…」という声が聞かれる。小栗父子主従を殺した西軍は江戸から運ばれていたたくさんの家財道具を没収し、高崎や安中の商人を読んで売りつけ、その金を軍資金として持ち去ったため、遺品は僅かしかない。
ヴェルニー小栗祭式典  12015平成27年11月15日 ヴェルニー公園胸像前で
     
感謝状をいただく  吉田雄人横須賀市長から市川平治小栗上野介顕彰会長・クリスチャン・ポラックさん(日仏交流史研究家)とともに感謝状をいただきました。小栗上野介道子夫人の会津脱出を護衛したことからはじまる多くの先人の努力があってのものと、ありがたく頂戴しました。 左はご臨席の 高円宮妃殿下 です。 レセプションの倉渕中学校音楽部 海上自衛隊横須賀音楽隊との共演で「小栗のまなざし」を演奏。 
  梱包準備 
     
▲ 東善寺本堂で企画委員が集まって、帆船模型と築地ホテル模型以外はすべて手作り梱包作業で経費を節約 2015平成27年11月10日   
     
 境内の紅葉が綺麗な日でした。 梱包すると、設置する部門ごとにカラーテープを貼って分別  日通の美術輸送のトラックで搬出 
横須賀市文化会館で・搬  入  ・ セッティング
     
▲設計図に合わせて壁を移動して会場の基本づくり。壁の部門別に荷を運びこむ。荷をほどき・ピクチュアレールにフックをつけ、その下にワイヤーを付ける。 
     
▲ワイヤーにパネルを下げ、その下に、説明キャプションを配って、壁に止める。ガラスケースに遺品や展示物資料を入れ、綺麗に並べる。  
 撤 収
     
▲撤収は早い。外したパネルを箱に入れ、ワイヤーやフックを外し、壁を収納してゆく。24日に寺へ運び込んで荷をほどき、約2時間で作業終了。

関連情報
横須賀製鉄所、着工150周年で「富岡市との友好」議員の会が提言(リンク)…小栗上野介の高崎市倉渕町ー富岡市ー横須賀市のトライアングル交流を促進して
『小栗上野介と横須賀製鉄所」展に行ってきました(リンク)
横須賀で「小栗上野介と横須賀製鉄所」展(リンク)
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