小栗上野介のことば 1   真の武士

小栗上野介の言葉
真の武士

     当事者責任


ハルナユキザサ(境内)

 小栗上野介が幕末に行なっていた仕事の量と質を知ると、遣米使節から帰国後のわずか8年間によくぞこれだけ奮闘努力した、と痛感させられる。その彼の心底にあったものは何か。一口に言えばまさに「当事者責任」であろう。徳川家の家臣で禄を食(は)んでいるかぎり、最後までその責任を果たすのが自分の武士としての責任、という心構えは近年の日本人にはなかなか理解しきれない。
 武士とは、勝つ見込みがなくても主君が「戦う」といえば身を挺してそれに努めるもの。たとえば、織田信長の桶狭間の合戦は、この心構えがあって成り立つ戦だった。多数決で出陣したのではない。


 真の武士 【小栗上野介の言葉】
『親の病気が、もう治る見込みがないからといって、薬を与えないのは親孝行ではない。たとえ国が滅びても、この身が倒れるまで公事に尽くすのが、真の武士である』
 ここでいう「親」とは、自分がつかえている徳川幕府をさす。親の病気が重くてとても助かりそうもないほど重体であっても、息子の立場としては最後の1分1秒まで生きながらえるよう手を尽す。いまの自分がしていることはまさにそれだ。
 たとえ国が滅びることになっても、自分の身が倒れるまで公務に尽すのが「真の武士」である。

 自分のつかえている徳川家の政治の切り回し方はもう体制が古くて、とてもこのままではもちそうもない。だからと言って投げ出すのではなく、おのれの武士としての責任で最後まで手を尽す、という武士の気概を述べている。
東洋文庫『幕末政治家』
福地源一郎著・平凡社

「小栗上野介が財政外交の要職にいたころは、幕府はすでに衰亡に瀕していて、大勢はもう傾いているときだから、(たとえ)百人の小栗上野介がいてもどうにもならない時節だった。だが、小栗はあえて不可的(インポッシブル)の言葉を吐いたことはなく・・・」

につづけて小栗上野介の語った言葉として、下記の原文が記されている。


原文
「病
(やまい)の癒(い)ゆべからざるを知りて薬(くすり)せざるは孝子の所為(しょい)にあらず。国亡び、身倒るるまでは公事に鞅掌(おうしょう)するこそ、真の武士なれ」         
                   (『幕末政治家』福地源一郎著)

 
 
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