| 小栗上野介随想(東善寺) ●● ほんとうの「幕末明治日本の産業革命の地」横須賀造船所 |
日本産業革命の地 |
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| 将来を見据えて建設した横須賀造船所 「土蔵付き売家」または 「土蔵付売り据え」 |
| 横須賀造船所は 「蒸気機関を原動力とした 日本最初の総合工場」だった |
| 従来、日本の工業の原動力は人力・牛馬・水車までだった。横須賀製鉄所ははじめから蒸気機関を原動力としていたから「蒸気機関を原動力とする日本最初の総合工場」といえる。まさに日本の産業革命の地である。司馬遼太郎が「日本の近代工学のいっさいの源泉」(「三浦半島記」)と書いたのは、このことを指す。 |
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横須賀造船所建設で現場を指揮した栗本鋤雲(じょうん)は、「小栗は、これができあがれば土蔵付き売家の栄誉が残せる、と笑った」と書いている。(『匏庵遺稿ー横須賀造船所経営の事ー』) |
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この時案内されて造船所に入ると、そこは造船だけの施設ではなかった。 |
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| ▲横須賀製鉄所のクレーン ハンドル二つ、一つは荷の昇降、一つは左右への転回を操作した手動式と思われる。オランダまたはフランス製であろう。 昭和30年代に大蔵省から横須賀市にこのクレーンを払い下げの話があったが、市は断ったという。残っていれば、スチームハンマーと共に日本の大事な産業遺産になっていたろうに…実に惜しい!! 写真:明治初期の駐日イタリア公使バルボラーニ秘蔵の『大日本全国名所一覧』(安池尋幸氏寄贈)より |
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(2000・平成12年3月11日・上毛新聞オピニオンに加筆) |
| ○小栗上野介の名言「土蔵付き売家」 を栗本鋤雲の創作とする説 小栗上野介が「土蔵付き売家の栄誉」と語ったと書いた栗本鋤雲の文章は疑わしい、小栗の死を悼んだ栗本鋤雲の創作だろうという説が発表されました。その説によると、 「小栗上野介が3年半後の幕府瓦解を予見する「土蔵付き売家」というセリフを口にするのは疑わしい」 として 「栗本鋤雲は、非業の死を遂げた小栗上野介をいたんで花を持たせるべく事実を並べ替え、創作を挟んだに違いない」(安達裕之「横須賀造船所と小栗忠順」『小栗忠順のすべて』P122・新人物往来社・2008平成20年刊) というもので、小栗上野介のそのような先見性は考えられない、という先入観を前提とするもの。この説がそのまま受け入れられれば、それを前提として安達氏が次のように言うのも受け入れることになる。 「(小栗上野介は1864元治元年)八月十三日の勘定奉行就任後、初めて製鉄所の設立計画が進行中であることを知ったはずである」(『同 書』P136) |
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