東善寺・巨木と登山     ●       投げ入れ寺・大山・石槌山・小豆島-登山と巨木の旅


  登山と巨木の旅(鳥取県・香川県・愛媛県へ)
 投げ入れ寺・大山・石槌山
2015平成27年10月30日~11月3日
小豆島での「第28回巨木を語ろう全国フォーラム」参加と、大山・石鎚山に登る旅
*行動記録文は齋藤氏+村上
 
三徳山投入寺みとくさん なげいれでら
   
30日 3:15東善寺集合出発~上田~諏訪~岡谷IC5:30=中央道=名阪神道=中国道=鳥取自動車道=大原武蔵里IC~13:30三徳山投入れ寺着  
午前3時、村上、豊原、中野、宮下、齋藤夫妻の計6名が倉渕東善寺に集結。3時15分出発。二度上峠から北軽井沢を通り鳥居峠を越え、かつての真田道である上州街道を上田へ抜け、真に脱兎のごとくひた走る。和田峠をトンネルで抜け、岡谷インターまで約2時間で到着する。豊原氏の超人的なドライブテクニックにただただ脱帽。
 
 岡谷インターからは中央道、名阪神自動車道、中国道そして鳥取自動車道とひたすら走り、1330分今日の第一の目的地三徳山三佛寺に到着する。この間11時間、車中で昼食を取りつつ、休まず超人は運転する。

 我々の他に客は殆ど居ない為、登り口に近い参道階段下に路上駐車し、直ちに国宝の投入堂を目指し出発する。 第一関門では登山上の注意事項の説明をしっかりと授けられ、

     
第二関門では厳しい履物チェックのあと「六根清浄」が染め抜かれた輪袈裟を渡され、険しい修験の山道に入る。
まもなく石杭に「不浄不逞の輩入山禁ず」とあり、一瞬入山を躊躇うも、隊長の御威光で通過させていただく。第三の関門だった。
   
木の根につかまり、岩を登り、ロープや鎖に助けられ、次第に高度が増してゆく。途中、三トンの釣り鐘の鐘つき堂も岩の上にあった。
   
▲これをやり遂げた人間の執念と技術、信仰心にただ唖然と眺める
お参りしてよかった、と思える聖地

観光バスで来てもここまで登るのはかなりの登山グループでないと無理。
それだけにお参りする価値がある。
40分の難行苦行の末、国宝投入堂に到着する。今から1300年前にどのようにしてこの断崖にお堂を建設したものか、役行者の超能力としか言いようがない。   
   
役小角(えんのおずぬ)が「よく登ってきた」、と笑っていた
16時、名物の栃の実餅を喰らい、大山寺門前に向け出発。  
 
大山だいせん1710m 登山
 10月30日  弥山荘(530)=3合目上1100m地点(630)=6合目(735)=山頂(840)=行者道分岐(954)=(1115弥山荘(1125)→米子IC(米子自動車道)⇒落合JCT(中国道)北房JCT(岡山自動車道)⇒岡山JCT(山陽道)⇒倉敷JCT⇒早島IC1317→(1345新岡山港(1355,フェリー)→小豆島着(1510
     
 1740分、今日の御宿、大山寺弥山荘に到着。早速弥山荘のすぐ前にある温泉浴場に飛び込み、永い長い一日の汗を流す。
厳かな風呂だった。

5時ヘッドランプの明かりで身支度をし、530分、大山に向け弥山荘を出立。7:00ようやく明るくなる。東日本より夜明けが遅い。

 
     
ブナの大木が茂る森の中に付けられた、階段で整備された単調な登り一辺倒の登山道をひたすら登る。720分、6合目避難小屋手前で朝食。昨夜宿の主人に頼んで用意して頂いた握り飯を取り出しほおばる。   
     
頂上は時々ガスが切れて、すごい絶壁が現れてはガスに隠れる。ガスの晴れ間に白い木々が見える。霧氷だ。  
     
6合目を過ぎると周囲の木々が霧氷に覆われ別世界に来たようだ。  振り返ると日本海が見える。
     
 8合目を過ぎると登りも緩やかになり、階段が木道に変わる。通常ならここからがダイセンキャラボクの中に付けられた頂上への花道を往く天上漫歩となるところであるが、木道は霧氷に覆われツルツル状態。四つん這いになり木道のヘリを掴み、必死の思いで山頂にたどり着く。
     
頂上稜線は縦走禁止
枯れ草、ロープ、すべてにエビノシッポがついて、ロープを掴んだ手からパラパラ落ちる。冷蔵庫の中をかき回すようだった。
   
8:30頂上はガスの中に入り、期待した瀬戸内海側の眺望はきかず、10分程留まり下降する。 
     
頂上手前の凍結した木道に苦しめられたとはいえ、日本海に面して気候変化の激しい大山に一回で登れたことに感謝して、満足。    
   
大山神社
 
途中から行者道を下って無事下山。大山寺の参道で買って食べた栗まんのあんこ談義で盛り上がる。 11:15弥山荘着、杉に小豆島に向けて出発  
 

小豆島・全国巨木フォーラム会場
     
大山11:25~米子IC=(米子自動車道)⇒落合JCT=(中国道)=北房JCT(岡山自動車道)⇒岡山JCT=(山陽道)⇒倉敷JCT⇒早島IC1317~新岡山港1355~フェリー~15:10小豆島着 まず宝生院へ 
     
全国巨木フォーラム のポスターがあった。さて国指定の天然記念物ビャクシンの根元へ行く 
     
とにかく圧倒される巨樹。みごとに育ったものだ。  今朝大山の頂上で霧氷の木道に苦しめられていたのに、もうここは春のような暖かさ。
     
どこへ行ってもオリーブがいっぱい  誓願寺のソテツも大きい。 
     
第28回巨木を語ろう全国フォーラム 小豆島大会交流会に参加 夕日が海に沈むと、海のない群馬県人は大喜び 
 
皇子神社の社叢
国指定の天然記念物で全山ウバメガシで覆われ、ネズミモチ、ネズ、クロマツ、ヤマモモ、モッコクなどのほか朝鮮系の珍しいチョウジガマズミなどが生えているというが、素人には見分けがつかない。
   
池田港から高松・金毘羅さんへ
11月1日     小豆島めぐり  「長崎のシシ垣」イノシシなどの被害を防ぐため島内120キロにわたって作られ、粘土製で200m残っている。  
 

金毘羅さん「うどんや」
新町東 レトロ街道 というアーケード街手前の路地

 11月1日  池田港(950)→高松港(50)→金毘羅神社下(1200)→金毘羅神社駐車場発(1430)→善通寺IC⇒石鎚SA1535)⇒松山(1600)→石鎚スカイライン入口(1700)→1745 土小屋白石ロッジ着
     
▲屋島     「表通りの大きな店でなく路地の奥でひっそりとやっている店でうどんを食いたい~」と勝手なことをいう男がいて、それにピッタリの店が見つかって、屋号もそのものズバリ『うどんや』。かけうどん、ぶっかけうどん、湯だめうどん、生じょうゆ、あっさりうどん…、どれも380円。全部食べられないから中身の違いがわからない。
     
「 途中、路地裏のいかにも味深そうな雰囲気の讃岐うどん店を隊長が発見する。店はテーブル二つとカウンター、10人も入れば満席の小さな店である。中には数人の先客がいたが、丁度食事を終わり入れ替わりとなり、店内は我々で貸切りとなる。早速てんぷらうどんを注文するも既にてんぷらは売り切れとの返答。時刻は127分であったので、「もう売り切れですか」と尋ねたところ、そっけなく「もう12時過ぎましたから」とのこたえ。こちらでは12時過ぎてお昼を食べている人がおかしいようである。なお、このうどん屋、屋号も{うどんや}である。よく煮込まれたおでんと白醤油を使った出汁、そしてお決まりの替え玉(100円)に讃岐うどんの本場を実感する。そして、無口な女将の立ち姿に高倉映画のヒロインを連想し、しばし空想の世界に遊ばせていただく。 」(by:願いどおりの店に満足の男)  店先に黄色いハンカチは見えなかったが・・・。
「うどんや」
   
天然記念物センダンの木
 
金毘羅さんに巨木、街なかにもセンダンの巨木があった。 このあとは急いで石槌山へ向かう。夕方になると登山口への道路が閉鎖になる。
 

 石槌山ガスと風の山だった
 白石ロッジ発(740)=第2ベンチ(830=二の鎖場(930)=山頂小屋05)=天狗岳頂上(30)=山頂小屋(甘いショウガ湯を飲み)55下山開始=白石ロッジ(1240
   
 7時頃になり、昨夜来の雨が上がってきたので、カッパをつけて白石ロッジを出発する。一時間ほど歩きやすい気持ちの良い山道を歩き第二ベンチに着く。視界もだいぶ出てきたので、山頂に着く頃は晴れ上がることを期待して進むが、逆に高度を上げるに従いガスが濃くなってくる。
第二鎖場からは岩登りとなる。予想してきた以上に険阻で長い岩場である。   
     
 第三鎖場は工事中ということで捲き道を登ることとなる。立派な鉄製の階段が頂上小屋まで続いており、ちょっとスパイスの欠けた石鎚山となってしまう。小屋からの視界ゼロであったが、ここまで来て山頂の天狗岳まで行かないのではということで、山頂に続く岩場へと歩を進める。15分で山頂に着く。風も強いので早々に小屋まで戻り、小屋で待っていた隊長と合流し、暖かい飴湯をいただき下山する。
 


     
大三島は村上水軍の根拠地ということで訪ねた博物館は『本日休業』   大山祗神社近くの宿「さわき」。豪勢な魚料理に舌鼓、鯛とカワハギの生き造りに感動 大山祗神社 
     

乎知命が二六〇〇年前にお手植えし、古来御神木と崇められてきたという楠や、河野通有が対蒙古線の勝利を祈願した際に兜を掛けたという楠などたくさんの天然記念物クスノキ群に圧倒される。国宝館には多くの武将が奉納した鎧兜などの武具が展示され、見事なものだった。  

あとは一路群馬に向かって走る、走る。

大三島IC955)⇒⇒⇒西瀬戸尾道IC10岡山⇒神戸JCT1223)⇒吉川JCTを経て舞鶴若狭道路⇒若狭(1400北陸道⇒金沢(1630)⇒⇒富山(1640)⇒上越市JCT1821)⇒上信越道⇒長野東(1912)→鳥居峠→二度上峠→東善寺着(2130
無事帰着しました。