東善寺HP   住職のコラム               分けあえば天国
  分けあえば
天国


 「天国へ来たようだ、って・・・・」
 友人のインド人サニーさんはお母さんの言葉を、そう通訳
(つうやく)してくれました。サニーさんは私が14年前にインドヒマラヤへ登山したとき以来の友人で、東京で衣類の貿易(ぼうえき)商をしていて、時々この寺に来ていますが、こんど両親がインドから来たので、お盆に遊びに連れてきたのです。

 一昨年の夏には、私がやはりヒマラヤの帰りに飛行機待ちで数日泊めてもらったので、2年ぶりの再会
(さいかい)でした。サニーさん夫妻と赤ちゃん、それにご両親そろって13日夕方の「お盆迎え法要」に一緒にお参りし、朝は近所の子供たちがラジオ体操のあと本堂で「般若心経(はんにゃしんぎょう)」を読むのを、じっと見ていました。

 「天国に来たようだ・・・」といったのは、帰りがけにお母さんの感想
(かんそう)を聞いたときでした。これを聞いて私は初め「まさか・・・」、冗談かと思いましたが、よく考えてみるとたしかにこの土地は天国かもしれない。

 天国の第1条件は、水が豊
(ゆた)かに流れていること。今年の日照(ひで)り続きにも、この村は水不足や断水(だんすい)の騒ぎにならずにすみました。さらに、山は緑に包(つつ)まれ、気候は穏(おだ)やかで、家々の庭には花が咲いている。
サクラソウ

イカリソウ(左)

  境内

 夕方サニーさんたちは前の烏川へ遊びに行き、村の人と話を交
(か)わしてきました。外国人が夕方安心して散歩(さんぽ)できる土地は「天国」といってよいでしょう。
 
 ラジオ体操のあと子供たちが本堂にあがって声をそろえてお経を読み、やさしい顔で帰って行く様子は、サニーさんのお母さんの心に強い印象を与えたようです。サニーさん一家はシーク教徒ですから宗教は違いますが、心が安らぐところでは誰もがほっとするのでしょう。

 ところで私が登ったヒマラヤの、山の途中にある村は、この倉渕村とは対照的でした。何しろ年間降雨量が約500ミリという土地ですから、砂漠と変わりません。山には草木が一本もなく、見渡す限り茶色い砂と岩の山が続いています。

 そんなところでも人々は、高山の氷河
(ひょうが)から溶(と)け出してくる水を引いて、畑を作り草を育て、羊(ひつじ)を飼(か)って暮らしています。水田があると近寄ってよく見たらイネではなく麦(むぎ)を作るための水が引かれていました。

 まことに厳
(きび)しい環境の中で、仏教の一派ラマ教を信じて人々は寺を建て、通りすがりの私たちがする挨拶(あいさつ)に手を合わせてにこやかにこたえ、心豊かに暮らしているように見えました。

 羊飼いの親子と一緒に休んだとき、昼めしに入っていたゆで卵を子供にあげたら、その父親がふところからジャムのビンを出して持って行けという。少しだけいただいて、ビンは断
(ことわ)ってようやく返してきた、と仲間の隊員が感激した顔で話してくれました。

 環境が厳
(きび)しく物が乏(とぼ)しい中で、奪(うば)い合うのではなく分け合って暮らしているからこそ、心が豊かに暮らせるのだということがよくわかりました。このヒマラヤの村も天国かもしれない。こういう村を作ろう、そして守ろうと人々が努力しているのだとわかります。

 天国は分かち合い、ゆずりあいの心から生まれる。環境に恵まれた私たちの村も、もっともっと努力しないと、恵まれていることに馴
(な)れてしまって、天国どころか奪(うば)い合いの村に変わってしまうかもしれません。いつまでも、天国のようだ、といわれるように努力しましょう。

             (1994・平成6年9月・東善寺だより)
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