雨さん    さすらいの画家


さすらいの画家
55歳から画業だけで生きてゆくことを決意して家を出、以来丹波(たんば)、若狭(わかさ)、山陰はじめ全国各地に足を運んでさすらいの画家と呼ばれる。
花を持つ女


初めて東善寺へおいでになったとき、娘(10歳)にこんな言葉の色紙を残してゆかれた。

「雨さんはあちらこちらと、やどなしにひとしい旅をいくたびかけいけんし、ときには丹波の山の家で子犬とひとつふとんにねむったこともあります。そのような旅路はブッダの心を探す旅でしたがなかなかみつかりませんでした。そして今でもさがしております。広音(ひろね)さんのブッダにめぐり逢い、なんとなく観(み)えてきたように思います。ありがとうございました。」

そして色紙の表側に、

「純なるゆえに、慈顔(じがん)を観(み)る」

とありました。