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  思い通りにならない人生
     コロナウィルス 
       
 
◆ 「方丈さん、 生きてて一番苦しいことって何ですか」
 法事のあと質問されました。急なお尋ねでどう答えようか一瞬迷いました。

 そばの人たちは私がどう答えるか聞き耳を立てています。ここで誰にも共通の答えを言わないと、「そんなこと、俺には関係ない」と言われます。
 とっさに考えこたえました。
「思い通りにならないこと、でしょうね」
 これで皆さん納得したように、うなずいてくれました。これならだれにも当てはまる。やれやれ。

◆別のお宅の法事でこの話をしたら、終ったあとで「方丈さん、いちばん思い通りにならないことって何ですか…」また質問されました。
 また来たか!うっかり答えると、「私には関係ない」と言われます。 お釈迦さまならどう答えるだろう・・・、

 「この世に人間として命をいただいたことでしょうね」
と言いますと、怪訝けげんそうな顔の方もいます。

 ふつう赤ちゃんが無事に生まれれば、周囲の人にとってはおめでとうというお祝いの場面ですが、でも生まれた赤ちゃんからいうと、生まれるとき、まず
 国籍も親も思い通りに選べなかった、
 生年月日も選べなかった、
 男・女も選べなかった。
 気がついたら人間の命をいただいてフギャア、フギャアと泣いていた。いい、悪いとは別の話。思い通りに生まれてきた人は誰も居ない。ほかの動物も含めて生き物はすべてそうですね。

 思い通りにならないことは生まれた時に始まっていて、そのあとの人生でどんどん増える。
 でも人生の始まりが思い通りでなく始まっていたことを承知していれば、あといくつ増えても想定内、あまりあわてない驚かない覚悟でいられます。

◆いま、世界中の人がコロナウィルスという共通の「思い通りにならない」ことに苦しんでいます。感染しないための生活を強いられ、毎日がこれまでの生活と異なる暮らし方をしなければならない。感染してしまったら、もっと思い通りにならない生活になる。  


  

     イワキコザクラ (青森県岩木山 2020年7月) 

◆コロナのような流行病は昔からあって、有名な京都八坂神社の祇園ぎおん祭は日本各地に疫病が流行した時、疫病退散・災厄除去を牛頭天王ごずてんのうに祈ったのが始まりです。
 地元倉渕町の旧家で代々書き続けた記録から、幕末だけでもたくさんの「はやり病やまい=疫病」の記録が見つかる、と古文書研究をしている知人が教えてくれました。

  「寛保三・1742 六七八月まで大疫病はやり」
  「明和九・1772 関東はやり」
  「安永二・1773 春より殊の外疫病はやり」
  「文化三・1806 六七八月 腹疫病流行仕り候 小児多く死す 当家母死す」
  「文化十四・1816 六七月 腹疫病はやりとなりおたか死去 熊次郎死す 円蔵娘死す」
  「弘化二・1845 三月病気流行 四月善蔵病気に附き養生叶わず卒す」
  「嘉永四・1851 此春 大流行なり 泉湯床場相休み」
  「安政五・1858 七月末より八月まで 江戸ころり風流行 人拾壱万人死す 甲州郡内八ヶ村にて四百人死す 川崎高崎辺迄人多く死す 村々信心悉くす 当鎮守へ祈りを致し 氏子残らず参詣す」
  「文久二・1862 六月末よりはしか流行 日本中なり 中にも江戸はしか悪し はらみ女みな死すなり 八月閏八月まで大流行なり 甚だ悪しき月なり 九月頃まで 神堀本丸相間川まで五拾何人死去 日本中人多く死す 今年ころり病はしかのために人多く死す」 
  「文久三・1863 九月末より疱瘡大はやり 神堀より相間川まで子供十六人死す」


   *泉湯せんとう銭湯、床場とこば(理髪店)、神堀かんぼり、本丸もとまる、相間川あいまがわは小字名

 「ころり」とは幕末に外国人から入ったコレラのこと。はしかや疱瘡で亡くなる人がたくさんいたとは驚きです。はしかはいま予防ワクチン接種で抑えているが、私が中学生のころそういうものはなく、はしかで学校を休んだ級友がいた。「アイツははしかにかかったそうだ」程度のものだった。

 かつては結核も「死の病」と恐れられたが、今は有効なBCGワクチンで結核菌を抑えている。いずれも菌が地球上から消滅したわけではなく、有効なワクチンや薬で抑えて「共存している」だけ。コロナも数年すればワクチンや薬が開発されて、「コロナと共存」する社会になれるだろうが、もうしばらく我慢するしかない。

◆お釈迦さまは「諸行無常」、同じことはいつまでも続かない、と言ってます。いいことも悪いことも皆その原則から外れることはない。ただし今すぐ、ということはないから、もうしばらく忍耐の時間が必要です。いのちのある間はがんばりましょう。
 
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