東善寺HP 本堂屋根改修等         本堂屋根等改修      



 

   
本堂屋根等改修工事
    
2017平成29年2月着工
2017平成29年2月~
  
   
 ▲茅葺きの本堂(昭和12年に類焼失) 
本堂正面の柱には「ぶち壊し騒動」のときに対岸から撃たれた鉄砲玉の跡が残っていたという
▲昭和18年再建の瓦葺き本堂   ▲同 西面 
 ◆本堂屋根を瓦から銅板に換える
 昭和18年の再建以来74年経過し、雨漏りや湿気による腐食があり、30年以内と予測される東南海大地震にも対応しておきたい。

 1、地震対策  屋根を瓦から銅板にすることにより、重量を10分の1以下に軽減を図る
 2、雪害対策  瓦は積雪の重みと粘着で動かされやすい。毎年の雪害を回避したい。
 3、その他の工事:小栗上野介の本墓への参道改修、西の石垣改修門頭の入口改修など

       「住職は一代、寺は末代」…とりあえず、あと100年は保たせるようにしておきたい。

   施工者:株式会社 研屋(高崎市)  銅板工事一式:カナメ(宇都宮市)  宮大工:遠藤建築(喜多方市)
       起工式・本尊遷座式・工事準備
1月18日 起工式及び本尊遷座式  市川実行委員長が「心配したご寄付が檀家さんの協力で集まって、工事に入れる…」と挨拶・施工者研屋の清水一希社長が「緊張して仕事を行います」
     
 1月31日~ 工事事務所設置、足場設置作業  いよいよ本格的な準備に入った。本堂の周囲に丁寧に水平垂直を図って足場が組まれてゆく。
     
 ▲境内に作業車が入れるように準備  ▲西駐車場との間を補強してクレーン車が入る  ▲工事看板 国道に面して看板を立てる
     
 ▲本堂内部 畳を積み上げシートで覆い、すっかり万一の漏水対策  ▲本堂正面 立入禁止となりました。  ▲外観 すっかりシートに覆われ境内が狭くなりました。足元にご注意を。
     本尊遷座  
釈迦三尊像を本堂から仮本堂へ遷す   
2月20日 ▲ご本尊様の遷座  護持会役員が集まって、書院大広間に本尊様を遷(うつ)し、仮の須弥壇(しゅみだん)に祀って仮本堂ができた(法事もここで行います)。   *須弥壇とは…須弥山(しゅみせん)=ヒマラヤ山脈のこと
    瓦撤去・野地板に防水シート  2月22日~
瓦をはがす  クレーン車ではがした瓦をどんどん下ろし、大きな箱に収めてゆく。鬼瓦もたちまち解体された。   2月24日
 瓦の下は杉皮ぶきで防水されていた  瓦の下の杉皮もはがし、野地板をキレイにして、「全天シート」を貼り防水措置をする   3月1日
下ろされた鬼瓦 部品の組み合わせでした 寺紋「丸に立浪」 下部の波が少し略されている ▲すっかりシートで覆われたが、この下はまだ杉皮屋根(昔の防水措置)  2月27日
     
 ▲瓦撤去 西・北面     3月1日  ▲全天シート 瓦撤去ー野地板に防水シートを貼る  ▲北面  左は庫裡の瓦屋根   3月19日
       屋根の腐れが出てきた! 
 南屋根と西屋根の接合部(野隅のすみ)が腐っていた。
     
 ▲ 74年の歳月 瓦・杉皮を除去した跡の屋根の隅「野隅」がひどい腐れ状態になっていた。昭和18年に棟上げして以来74年の歳月が経っている。ほとんど釘も効いていない。放置したらもっと腐れが進行していただろう。 「今、(工事を)やってよかった」と役員がつぶやいた。
  腐れ部分を剥がし交換する
     
腐れの部分を取り外し  
     
▲すっかりきれいにして、新しく張り替える  
     
     銅板葺きの野地板を貼る 木工工事  4月から
  木工工事:遠藤建築(喜多方市)
  はるばる喜多方市からやってきて、下里見にアパートを借り、東善寺へ通って作業に当たる。
     
材料板 足場のプラットフォームに材料を上げ、寸法をはかって加工     4月4日 東隅 きれいな軒線が作られる 右の瓦は庫裡の屋根
     
 ▲横桟  下の野地板の上にタテ桟を入れさらに横桟を入れてゆく。 最上部はかなりの急傾斜になる。
  
     
 ▲きれいな屋根線を出すよう、綿密に目盛りを入れて棧を固定してゆく    4月6日  ▲横桟の上に野地板を張ってゆく
     
 ▲西屋根 野地板を張るとこのように軒がきれいなカーブを描くカーブはせり上がりの線  ▲手前が開山堂の屋根
     
 ▲古い野地板防水シート銅板用野地板で、これからさらに+防水シートを張り、+銅板貼り付け作業になる       野地板の上の横桟▲は作業用の足場    4月13日  ▲小栗上野介主従の墓 作業の足場から咲き始めた小栗椿が見える    4月13日
     
 ▲銅板用野地板にルーフィング(防水シート)二枚めを貼る  ▲東西の切妻の破風を外し、  ▲新しい材料を上げて破風を作る
     
 ▲破風の受けを工作し  ▲大きなクレーンで西から東の切妻まで送って  ▲破風を取り付ける    4月29日
     
 ▲天井裏に古い棟札は見当たらなかった ▲しっかり固定してきれいな合掌型の破風が出来上がった 
     
▲木連格子(きつれこうし)を組み上げる 縦横の桟に切り込みを入れ、すべてがきっちり合うよう調整してきれいに仕上げた  5月15日
     
    古い向拝ごはいの撤去   
本堂正面向拝の虹梁こうりょうの両端が曲がって垂れているので交換するため、向拝全体をはずす。
     
 ▲野地板撤去 瓦の下の杉皮をどかし、野地板を撤去する。3月13日  ▲古い海老虹梁えびこうりょうを外す 3月14日  ▲左右の柱の束石つかいしを交換する
     
蟇股かえるまた   正面の虹梁(こうりょう)の上、蟇股の裏面に「彫刻士 勝見應昔」と彫り込まれていた。別面には「昭和拾七年三月再築ス 大匠棟梁 勲八等 源應昔」や「大匠 棟梁  勝見延五郎 源應昔 六十三才」などとある。小字陣田の勝見忠さんの祖父延五郎さんが昭和18年9月上棟の1年以上前からこしらえていたものだから忠さんを呼んで見てもらったが、「應昔」は聞いたことがない」初耳という。新しく作るのでこれは勝見家に渡した。勝見家の誇りとして伝えてほしい。
        
  ▲しだいに向拝を解体して        すっかり取り払うとこうなりました 3月19日▲
 向拝ごはいの更新・再築   
解体した正面の向拝を新たに組み上げる
     
 ▲古い束石つかいしを撤去  ▲新しい束石を据える  ▲型板 で据える位置取りを確かめ
     
 ▲図面を確認し、  ▲向拝の左右の柱を束石に据え  ▲エビ虹梁をクレーンで吊って   5月19日
     
 ▲柱に合わせて組み上げる   クレーンのない時代はどうやって持ち上げて組み込んだろう  ▲すべて釘を使わずに組む古来の技法
     
蟇股(かえるまた)に「2017平成二十九年二月~九月本堂屋根改修工事 研屋/銅板葺 カナメ 宇都宮市/木工・向拝更新 遠藤建築 喜多方市/當山廿一世泰賢代 」・左右の柱に乗る斗組(ますぐみ)に「正法興隆 山門鎮静」「道念増長 諸縁吉祥」 と書いて棟札代わりとした  
     
 ▲据えられた斗組(左)と正面の蟇股(右)、文字は桁(けた)の下で、もう見えない  ▲活躍したクレーン
     
▲斗組の下には禅宗建築唐様(からよう)の特徴である木鼻(きばな)が取付けられた    5月19日  ▲しだいに向拝の屋根工事に入ってゆく
     
 ▲束石の中心に鉄棒が入り、かなりの地震でも外れない ▲ 棟から下がるカーブに従って少しずつ反り上がってゆく   5月23日
     
   ▲末端の軒端はこれから土居桁(どいげた)と桔木(はねぎ)で吊る  5月23日
     
▲せり出した軒端は斗組と、桔木で吊るようにして支える。日本建築独特の技法。  ▲斗組
     
  ▲蟇股  上に垂木がはられ、きれいな線が出てきた。この上に野地板を打ってゆく    5月27日
  正面屋根を野地板で仕上げる
新しい向拝が出来たので、正面の大屋根と一体にして野地板を打ってゆく

この上に黒い防水シートを貼り 
その次が銅板を貼る作業
     
     
野地板と防水シート  縦横の桟の上に野地板を張り、防水シートを貼ってゆく。最上部はかなりの傾斜だが、野地板用の足場を外すと、防水シートの上に付け直し、防水シートを運び込んで、貼り付ける。また足場を増やして取り付ける。この繰り返しがいっさい言葉を交わすことなく次々に進んでゆく、まさにベテランの仕事場風景が繰り広げられている。    5月31日
     
 ▲正面 向拝まで一気に屋根の形ができてゆく5月31日 箕甲みのこう カーブは屋根から軒端へきれいな曲面で銅板が貼られる     6月2日
     
▲大屋根から正面に下がる線がきれいに流れる       青空に三日月が残っていた 6月2日▲   
  
▲対岸の宮原から本堂工事を見る 背後は榛名山の杏ケ岳(すもうだけ) 6月3日
  箕甲(みのこう)の工作
屋根東西の切妻部分のヘリを直線でなくゆるやかなカーブで仕上げる
途中ねじれたような曲線をどうやって造るのか、不思議だった

現場をご覧あれ!  実におみごと!
     
  ▲左が破風の線、右が屋根の線、その落差を何枚ものカーブした板でつなぎ、上に板を貼る。板といっても幅六分(1.8㌢)の節のない角材。その細い棒を切ってはカーブのねじれに合わせて打ち付け、釘を真横に打って全体が一枚のように一体化してゆく。手間のかかる作業を黙々とこなしてゆく。      6月6日
     
     
     
  ▲茅葺き屋根の場合は茅を厚く葺いて刈り込み、檜皮葺(ひわだぶき)なら薄いヒノキの皮でカーブを付けやすい、その線を銅板で出すのだから下地の木工が重要になってくる。銅板葺きに近年取り入れた造作らしい。釘の頭を叩いてしっかり板に埋め込み、カーブした小型カンナをかけ、ノミで削って一枚の板のようにツルツルの面に仕上げる。木工の最後の見せ場となる。銅板が葺かれると全てが見えなくなる。    6月12日
     
 ▲防水シートを貼って下地が終わり  木工作業は隠れて見えなくなる  ▲開山堂にも小さな箕甲  本堂真後ろの開山堂屋根にも箕甲がつき、サンダーで丁寧に仕上げる     6月14日
     
 ▲オオトンボソウ 足場パイプの傍で今年も咲いた  ▲銅板作業が入り始めた 主棟(グシともいう)や裏の開山堂の主棟に銅板を載せた。この上に更に木工で主棟(グシ)を載せる。万一グシから雨漏りしても外へ逃がすための下地となる。    6月12日頃
  主棟(グシともいう)取付
屋根のてっぺんに主棟を取り付ける。  
瓦屋根のときもあったが、解体作業で箱状のものとわかった。
銅板屋根もやはり箱状のものとなる。
     
 ▲作業台に型場を作り  ▲この形状のものに長い板を取付けて 屋根に載せ、固定すると、
     
 ▲上端と横に板を打ちつけて形づくってゆく  
     
 ▲裏の開山堂屋根にも小さなグシを載せる
     
▲出来上がった主棟(グシ)  両端がぐっと反り上がったきれいな線で仕上がった 
     
 遠藤建築の主なメンバー▲ +あと親方と一人は先に喜多方市へ戻った
今回は屋根と一部向拝(ごはい)の更新だから、屋根の下地作業は銅板が葺かれると表からはほとんど見えない作業となる。
男たちは互いが信頼しあって黙々と高所の足場の不安定な仕事をこなし、
道具や残材を片付け、さわやかに喜多方市へ 戻ってゆきました。
まさにオトコの仕事、宮大工の匠の技を見せてもらいました。  6月16日
 
大変お疲れ様でした!! ありがとうございました。


本堂屋根改修工事
銅板葺き作業
6月末からカナメの銅板部が入って銅板葺作業が始まった。やはり喜多方市から来た若者主体の銅板部だ。毎朝7時にやってきて、土日も休まず働いてくれるのはありがたいが、休みなしで大丈夫か、と心配になるほど黙々と仕事を勧めてゆく。真面目な若者たちの姿だ。
 クイズ
銅板の厚さはどれくらいでしょう 
ヒント
 A 3ミリ   B 5ミリ  C 0.5ミリ  D 0.3ミリ  E 1ミリ    答は最後に
▲まず資材を運んで足場のステージに上げ ▲真横から見て直線に貼れるよう墨付け作業を進める。 一文字葺きだから、横線が大事ということらしい。
▲屋根を下から葺く場合、足場はどうする →  ▲銅板の横にフックを付け紐で足場材を下げていた   ▲始めると銅板作業は速い、一日で西面がほぼ形ができた 
オヤ、箕甲の下部が剥がされている▲ どうして剥がしたのか ▲ここは大工さんがフタが外せるようにしていたところだが ▲覗いてみると、箕甲の陰になる部分に手を入れて銅板を葺くため一時剥がしたとわかった
▲足場の下はどうやって葺いたのだろう →    よく見ると▲足場パイプの下端はネジで上げられ、葺き終わると下げて完了  単純なことだがシロウトの私はやっと納得 ▲位置取りが上まで進む
▲平板の部分は作業が速い   7月4日         ▲吊り子 で銅板の先端を引っ掛け野地板に釘打ちして銅板を留めてゆく
▲軒付け   側面にきちんと線を入れ位置取りした上に、軒付けの銅板を張ってゆく。 7月3日    ▲きれいな軒面が出来上がる
▲寄付をしてくれた信徒・参拝者のお名前を銅板に書き、屋根に上げる こうして屋根の形が次第に出来てゆく ▲工事を視察する市川平治護持会長
     
▲開山堂との接合部 ▲正面の向拝がゆるく反り上がる  直線の板で軒付けのカーブをきれいに出している
     
 ▲箱に野球のミットのような銅板があった ▲屋根の角(野隅)を開いてミット状の銅板をはめ込む  隅蛤(すみハマグリ) というそうだ 野隅を葺くハマグリ状の銅板、という意味らしい