東善寺花だより   小栗上野介の墓前に遺愛の名花・小栗椿
小栗上野介墓前に遺愛の  名   花 
小  栗  椿
  おぐりつばき


小栗上野介父子と家臣の墓 




「いま私がいちばん描きたいのは東善寺の小栗椿です。(小栗上野介が)認められず、ほめられずに生涯を終えたところにロマンを感じます」
星野 富弘 
(上毛新聞 2003平成15年1月1日)

「小 栗 椿」       黒椿「崑崙黒こんろんこく  

上野介父子が西軍に殺されたあと、江戸から倉賀野河岸(かし)(高崎市)に着いた江戸からの引越荷物のなかに、庭木類がありました。荷の引き取り手小栗上野介はすでに殺されているので、荷物が競売にかけられ「鉢植えの椿」と「シャクヤク」を小栗家旧領地下斉田村(高崎市)の名主田口十七蔵(たぐちとなぞう)が買い取りました。明治初年に権田の村人が小栗父子家臣の墓を作ると、連絡を受けてお参りにやってきた田口は、持参した鉢植えの椿とシャクヤクを墓のそばに植えてゆきました。
 椿はそのまま墓のそばで毎年花を咲かせます。
 百数十年を経ているが、寒い土地なので幹はそれほど太くならない。毎年春になると、墓のわきで、黒味を帯びた八重の花がびっしりと咲く。「崑崙黒・こんろんこく」という黒椿の名花です。
       
  
  黒椿あるじ逝
きしも添いており

  後
のちの世も愛でし椿と共にあり
                玉村町 佐藤安代

    
開花情報
ことし2017(平成29)年の開花 月 でした。
                           
   ちなみに
2016(平成28年)は:2月25日でした。  異常+チョー早い
2015(平成27)年は:4月2日
2014(平成26)年は:4月2日
2,013(平成25)年は:4月7日
2012(平成24)年は:4月20日でした。
2011(平成23)年は:4月17日でした。
2010(平成22)年は:3月18日 
2009(平成21)年は:4月4日 
2008(平成20)年は:4月9日
2006(平成18)年は:4月16日 
2005(平成17)年は:4月7日 
2004(平成16)年は:3月17日 異常に早かったです。
2003(平成15)年は:4月17日

◇咲いている状況を見たい方は、Eメールまたは電話でお問い合わせ下さい。
◇メール:sharmila(A)theia.ocn.ne.jp へどうぞ。((A)を@に変え、コピーまたは打ち込んでご利用ください)
◇電話027-378-2230 東善寺
シャクヤク(東善寺・小栗上野介)
               シャクヤク 
 
同じく田口が植えていったシャクヤクが、上野介の胸像の脇に咲きます。はじめは椿とともに墓のそばに植えましたが、日陰で花つきが悪いので、胸像ができた後に照賢前住職が胸像わきに植え替えました。二段になった花びらが珍しいシャクヤクです。

2016(平成28)年の開花は:5月24日
▲平成17年6月1日

小栗上野介父子と家臣の墓
◇境内の小栗上野介父子と家臣らの墓は、明治初年に権田の村人が建立しました。正面に小栗父子の墓、左右に家臣と家族、村人の墓が5つずつ並びます。

◇ここは供養墓です。遺体と館林から盗み返した首級を埋葬した本墓は、供養墓から2~3分登った所にあります。参照:お殿様のお首級(くび)迎え

小栗上野介父子主従の墓の配置
         
                陽寿院殿法岳浄性居士
小栗上野介忠順 四十二歳


本教院殿樹山貞松居士
小栗又一忠道  二十一歳   
塚越富五郎    二十三歳
 剱越富清居士

佐藤銀十郎    二十一歳
 剱佐救清居士

渡辺太三郎    二十歳
 心岩良傳居士

大井磯十郎   
 白岩禅明居士

荒川(江幡)祐蔵 三十六歳
 久山禅長居士
                   
塚本真彦 37歳   ■                ■   ■   ■  ■   ■
 賢宗良哲居士
沓掛藤五郎 25歳 ■
 桂翁浄月居士
多田金之助 20歳 ■
 全翁智性居士
塚本 ミツ      ■
 實岳貞心大姉
塚本チカ 7歳位  ■
 戒心善童子
               
             【墓の人物解説】

◆小栗上野介忠順 水沼河原で西軍によって斬首される。享年42
◆荒川(江幡)祐蔵  同 上。常陸国出身、遣米使節に随行。水沼河原で斬首される。
◆大井磯十郎     同 上。権田村出身の家臣。水沼河原で斬首される。
◆渡部太三郎     同 上。江戸から権田村へ随行し、水沼河原で斬首される。

◆佐藤銀十郎     権田村出身の家臣。小栗道子夫人らを護衛して会津に到り、会津                 軍に参加して喜多方市熊倉で戦死
◆塚越富五郎     権田村出身。 同上 喜多方市高郷地区一竿(ひとさお)で戦死


◆小栗又一忠道   高崎城内で西軍によって斬首され、遺体は下斉田村に葬られる。                  享年21。
◆塚本真彦      小栗家用人。遣米使節に随行。 同 上。
◆沓掛藤五郎     江戸から権田へ随行し、高崎城内で斬首される。 同 上。
◆多田金之助      江戸から権田へ随行し、高崎城内で斬首される。 同 上

◆塚本マキ(ミツ)   真彦の母。七日市へ逃れる途中村内の山中で孫シサ(チカ)と共に自害
◆塚本シサ(チカ)   真彦の娘。  同 上
       *名前は東善寺過去帳による。( )は下田家墓地の墓碑による

 「恨みで花が黒くなった!?」 のではありません 
 
 庭掃除をしていると、◯◯ガイドの会が団体を案内してやってきて小栗父子主従の墓を説明するマイクの声が聞こえてきた。
「小栗上野介が江戸から運んできたこの椿は、小栗の恨みで花が黒く変わりました・・・」 私は仰天した。初めて聞く話だ!
 たまたま近くにいた会のメンバーに
「そんな話はない。作り話はしないでほしい。会のテキストにでも書いてあるのですか」
と聞くと、
「いいえみんな住職の本を参考にしてしゃべっています」という。
「私はそんな話は書いていない。おかしな作り話はしないでほしい」というと
「まあ、いいじゃないですか」と馴れ馴れしく肩を叩く。

「歴史に基づかないつくり話をするのはやめてほしい」とさらに強く言うと、憮然としていた。

 安っぽいつくり話は、歴史を冒涜する。
                                 (2016平成28年3月)

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