絵の話    片岡鶴太郎の絵  「寝観音」       




寝観音ねかんのん
                片岡鶴太郎美術館にて
 草津温泉にある片岡鶴太郎美術館に入る。展示されたたくさんの絵の中で「寝観音」という絵に惹(ひ)きつけられた。暗い夜空に水色の月が浮かび寝姿の観音さまが描かれている。何とも幻想的な宗教画のように見えるが、つけられた説明文で、長野原から草津温泉へ上る道路の途中で振り返る浅間山と右手の黒斑くろふ山の山並みが、地元で「寝観音」と呼ばれ親しまれている、それを描いたという。
この絵を描いた時のことを解説した鶴太郎の文章がとてもいいので、以下に紹介します。
寝観音(浅間山)
草津渡辺牧場にて制作
片岡鶴太郎
 東京から美術館のある草津へ行く途中、浅間山が見えるんですが、これをいつか描いてみたいとずっと思っていました。この作品は草津の牧場で描いたものです。そこからは浅間山がよく見えて観音様が横に寝ているように見えます。地元の人たちは寝観音と呼んでいまして、この言葉にも触発されました。

 最初は色を沢山使って描いてみたんですが、これが納得できない。自分のイメージする寝観音じゃないんです。それで一生懸命描いた色を墨で塗りつぶしました。これはやるせない想いでした。一度描いた浅間山が消えていく、色が消えていく。「絶対甦
(よみがえ)らすから、この費(つい)やした時間を無駄にしないから」なんて言い聞かせながら、納得できないから、何度も何度も塗り直すんです。そのうち何度も何度も塗り直すんで絵の具が粉状になったところがあって、気になりそこをふき取ったんです。するとその下から前に塗った色がふっと現れてきたんですよ。

 震
(ふる)えましたね。
 今までやってきたことが無駄ではなかった。しかもそれが何とも言えぬ色合いで浮かび出てきたんです。

 その時に強く思いました。前にやったこと、つまり過去、現在の自分、そして未来、すべては一つにつながっていると。失敗は失敗ではないんです。絶対にあきらめてはいけない、失敗を成功につなげるために今がんばるということです。
 そんな宗教的なことをこの作品を描くことで感じました。

                   〈 片岡鶴太郎の解説文より 〉
 じっさいの山の姿も写真で紹介したいところですが、手元にないのでほかのHPにいくつかありますから探してみてください。
 美術館にはこの絵が完成するまでの描画の過程を写したスナップ写真も添えられていて、たしかにたくさんの色を使ったごく普通の山の景色の絵からここまで到達したことがわかります。
関連ページ
片岡鶴太郎美術館:草津温泉にあります。
雨さん・横手由男画伯の絵:この画家「雨さん」も画展で、自分が若いころからのスケッチなど、修業時代のものを平気で片隅に飾っていました。修業時代も、いまも、すべてが自分…、そして今も修業時代、ということでしょう。