| 小栗上野介(東善寺) ● ● 幕末の洋式帆船 |
|
日本人が造った 幕末の洋式帆船 |
|---|
|
|
| 幕府が造った日本最初の洋式軍艦 鳳凰丸 |
|
約600トン 長さ約38m 幅約9m |
![]() |
| 薩摩藩が造った洋式軍艦 昌平丸 |
|
約370トン 長さ約31m 幅約7m |
![]() |
|
勝海舟は、鳳凰丸や旭日丸を「外観を西洋船に似せただけ。造りは脆弱(ぜいじゃく)で速度も出ない。役に立たない悪船だった」と酷評した。その評価がのちまでの通説となり、日本人だけで造った初めての洋式帆船がかえりみられない原因となった。 |
| 和船の豆知識 ・「大船建造の禁」・・・幕府は、豊臣家が大阪城にいたころ西国大名から500石以上の船を没収し、1635(寛永十二)年武家諸法度改定で「5百石以上之船停止事」とした。 しかし3年後「しかれども商売船はお許しなされ候」と「軍船以外はいい」という新解釈を通達している。諸国大名の大きな軍船を警戒しただけの話である。だから、幕府の御城米を大阪から江戸へ運ぶ船151隻のうち120隻は千四百石から千六百石積みだった。兵庫の船主・船頭の高田屋嘉兵衛が択捉(エトロフ)への航路を開いた船は千五百石だった。 ・「間切り」・・・明治以来「和船は追い風でしか進めない」という俗説で語られてきた。しかし「間切り」という航法で斜め前からの風を受けてジグザグに前進する航法がふつうに行なわれていた。 ・「まとも」・・・船尾を「艫・とも」といい、真後ろからの風が「まとも」な風。次第に「まともな人」などと一般化して使われるようになった。 ・「出戻り」・・・いったん船出したが風向きや空模様が悪く同じ港へ戻った船。しだいに、離婚した女性が実家に帰るのをさす言葉になった。 ・「ご新造」・・・新調した船の意味だった。一般化して新婚の奥さんをさすようになった。 ◇資料:「船絵馬」ー名画日本史ー朝日新聞2000(平成12)年7月30日 |