住職のコラム(東善寺) ●  天狗様の矢羽根      


天狗様の矢羽根

◇五月の連休終わりごろに、榛名湖畔の旅館の女将(おかみ)がやってきて「これを預かりましたから、お届けにきました」と封筒を差し出しました。ハテ?と受け取って中を見るとタトウにまれたお布施(ふせ)と、手紙が入っていて

 「突然ですが、旅館で十九年前に(こい)のぼりを立てていた大島です。その際、鯉の
 ぼりの
先端(せんたん)(かざ)りものを(ひろ)って届けて下さりありがとうございました。
 いつも気になりながら、やっと榛名に来ることが出来、昨日お礼かたがた榛名山に登
 ってきました。気持ばかりですが、その時のお礼です。
      平成二十一年五月五日
                           大島 尚子(仮名)」
とあります。はてこの方は?鯉のぼりの飾りものとは…?


◇話は19年前にさかのぼります。
 私が県の高校登山大会の準備で湖畔の旅館に
立寄(たちよ)ったところ、昨夜の強風で旅館庭先の鯉のぼりの柱がれ、先端の矢車の矢羽根(やばね)が一本見当たらない、どこへ行ったのか(さが)している、という話を聞きました。

 そのあと私は仲間と登山コースの調査をして榛名山で最高峰(さいこうほう)掃部ケ岳(かもんがたけ・1448m)にも登りました。頂上に着くと、岩の上にオヤ?、矢羽根がある……。近くで休んでいる登山者グループに「この矢羽根はどなたのものですか」と声をかけても誰も返事はない。もしかしたらこの矢羽根はあの旅館のものかしら、でもまさか湖畔(1080m)からこんな高く遠い所へ飛んでくるはずがない。おかしなことだ……と思いつつも、念のためザックに入れ持ち帰った。

◇旅館で見せると「アッ、これだ!」「あった、あった!」と大喜び。
 
半信半疑(はんしんはんぎ)の驚きで掃部ヶ岳の頂上にあったと話すと、どうしてあそこまで飛んでいったのか、不思議だ、旅館のおばあちゃんも「お天狗(てんぐ)様が運んだのだろう」と喜んで、ひとしきり楽しい話題になりました。
 ……手紙の鯉のぼりの飾りものとは、この矢羽根のことでした。

◇この大島さんは、事情があって乳飲み子(ちのみご)(かか)えているところを旅館に引き取られ、手伝いをしながら子育てをし、一年足らず過ごしたのち東京へ移っていった方だと、手紙を届けてくれた女将は説明してくれます。あの時、赤ちゃんは男の子だからお節句のお祝いをしてあげよう、と女将が鯉のぼりを手配して立てられたものだったそうです。矢羽根は女将が近所の方から借りてつけていたものなので、大島さんはよけいに心を痛めていたのでしょう。
 大島さんはその時の赤ちゃんがことし二十歳になったので、ぜひあの矢羽根を拾ってもらったお礼をしたくて、旅館を(たず)ねてきて(たく)していったのだという。

◇私はたまたま矢羽根を拾っただけなのに、19年も忘れずにいたお母さんの気持ちがこもった、こんな思いがけないお布施をいただくのは初めてです。きっと旅館の皆さんが、お節句を温かく祝ってくれたことが忘れられず、その時の喜びをつらい時の心の支えにして子育てに励んでいたのでしょう。こういうお母さんの一所懸命な気持ちはきっと息子さんにも伝わっていることでしょう。
 私にも
感激(かんげき)の連休となりました。
 
 それにしても不思議な天狗様の矢羽根です。

                                        ( 2009平成21年5月 )