住職のコラム 法話(東善寺)  進路・幻の生徒

進路・幻の生徒
◇私(住職)が高校教師をしていた時の話です◇

 私は4月から新入生のクラス担任をすることになりました。
 合格が決まった生徒の名簿をもとに、他のクラス担任と一緒にクラス分けをして、合格が決まった生徒からの書類をクラスごとに分けあいました。
 その高校では合格が決まった生徒に「私の生い立ちとこれからの抱負」というテーマで作文を提出してもらっていました。書類が一通りそろったので、生徒の作文を出して読み始めました。いくつかを読んでゆくうちに「オヤ」と思う作文がありました。

 「僕にはもう両親がいない・・・」
その作文は冒頭にこう書かれていました。
 
 「僕の両親は、僕が小学校4年生の時に別れしまい、僕と弟は父に引き取られて育てられた。その父も僕が中学2年生の時、交通事故がもとであっけなく死んでしまった。母のことは何一つ言わずに。……僕と弟は父が働いている間、いつもアパートの部屋の中で粘土や絵を描いて遊んでいた。そのためか、学校の勉強はよくできなかったけれど絵を描くことは好きで、先生にも褒められた。展覧会で賞をもらったりした。
 父が死んだので、自分たちは群馬の田舎の祖父母に引き取られて移ってきて、こちらの中学校に入り、友達もできて楽しい中学校生活を送ることができた。これから高校に入ったら、友達をたくさん作って、一生懸命やって行きたい。」

 作文はあらましこう書かれていました。私はこういう生徒が入ってくるのか、と入学式を楽しみにしていました。

 数日後の3月末のことでした、学校は春休みに入って職員室で仕事をしていると、「電話です」と事務室から電話が回されてきました。電話に出るとある中学校の先生からでした。
「今度合格して入学させていただくことになっている○○君のことですが…」
とその先生は、両親がいない、と作文に書いた生徒の名前を言います。

「本人がお爺さんとやってきて、自分はどうしても高校に行かないで、別の方面に進みたいから高校入学をやめたい、と言ってきかない。お爺さんも説得したがきかないので、ご迷惑をかけてすみませんが入学を辞退させていただきたい…」
という話でした。

 高校は義務教育ではありませんから、それはだめです、とは言えません。
「そうですか、それは残念です…」
と言って電話を終えようと思いましたが、ふと思いついて訊ねました。
「それで○○君は、どういう方向へ進みたいというのですか」

シュンラン
 「彼が言うには、いろいろ考えて中学卒業で入れる美術の専門学校があるから、そこへ入って絵を勉強してやって行きたい、と言って高校だけは出ておいたほうがいいと祖父母とも説得したのですが、何としても聞かないのです。ご迷惑をかけてすみません」

こうして電話が終わると私の手元には、作文が残りました。このまま返却するのはもったいないと思って、ワープロに打ちこんで保存しました。両親がいないまま中学卒業となり、これから自分を伸ばす道を真剣に考えている○○君の息遣いが伝わるようないい作文でした。

 3月になるとこの作文を思い出します。もう今頃はいい大人になっていることでしょう。希望通りの美術の道で生きているか、看板屋さんにでもなっているか、あるいはまったく別の道に進んでいるかわかりません。でもその時々に、一生懸命考えて決めた生き方をするのは大事な生き方だと思います。

 春はさまざまな進路が決まってゆく季節です。全部が自分の思い通りにならないことが多いのも事実です。どんな時でも、いつも自分を伸ばす道を探し、考える生き方を続けることが、その時その時を大切にする生き方になります。

                                             (2011平成23年3月)