東善寺 法話   きずな・絆・紲   よいきずなを育てよう




きずな・絆
・紲


 
 昨年は東日本大震災と原発事故というたいへんな国難の年でした。その中でよく目にするようになった文字が、「絆・きずな」です。
 今朝まで楽しく過ごした家族、さっきまで一緒に語っていた友人や同僚が突然津波にさらわれて帰らぬ人となった現実に、ひとの命の尊さ、そのとき一緒にいられることの大事さを痛感させられ、人とのつながりを大事に生きて行こうとする気持ちが「絆」という字に求められたのでしょう。

 その文字「絆」ですが、もともとの意味は「馬・犬・鷹などの足を縛る綱」のことで、たとえば荷物をつけられるのを嫌がる馬の前足を縛って動かないようにする綱という意味です。

 ところがそれが人間のことに応用されると「いろいろな人間関係に縛られ断つに忍びない恩愛、離れがたい情実」という意味に使われますから、場合によっては「情実に縛られて思うことを口に出せない」という状況に使われたりすると、あまりいい意味ではありませんね。
 
 たとえば昨日(1月1日)の朝日新聞によると、

原発の安全指導や審査を行う国の重要な組織、内閣府原子力安全委員会の斑目(まだらめ)春樹委員長以下主だった委員24人は、この5年間で(「この5年間で」というのは、たぶんそれ以前は調べようがないという意味でしょう)原子力関連の企業や業界団体から計約8500万円の寄付を受けていたことが判明しました。

 本来中立的な立場で学者としての意見を表明して指導監督するべき立場の学者が、電力業界とこういう「絆」で結ばれていたら、思うことの半分も言えなくなっていたし、言わなかったに違いありません。

                      
                           ツリガネニンジン

 「絆」の文字の右のツクリ「半」は、委員長以下の寄付金を受け取っていた主要な委員が「半分しか言えない・言わない」ようなきずながあって、その結果として原発事故が起きたのだから、「原発事故の責任の半分はこの委員たちにある」という意味を表しているのだろうと思いたくなります。

 私たちはこういうきずなを出来るだけ排除して、もっとよいきずなを育てることをこころがけたいものです。

 じつは、きずなには「紲」という字もあります。意味は「絆」と同じですがこちらの「紲」の方が世の中のつながり・人のつながりを表すように見えて、文字に責任はないけれど私にはこちらの字のほうがいいように思えます。

 どちらにしてももともとの意味から発展して、いまは家族や友人、同僚など人とのつながりを大事にしてゆこうといういい意味につかわれ歓迎されるようになったことばが「きずな」です。おたがいに今一緒にいられることを大事にして、丁寧に毎日を過ごしましょう。

                                            (2012平成24年1月)