住職のコラム ● 


  観音(かんのん)さまは
いつでもどこにも

 「方丈(ほうじょう)さん、この娘(こ)はもう少しでお父さんより先に死にそうだったのですよ」
 お母さんがそう言って指さしたのは年頃のきれいな娘さん。別にどこも悪いところはなさそうで、にこにこしています。でも、いっしょに来た家族も「そう、そう・・・」とうなずいています。

 この家族はつい半月前にお父さんが亡くなって、寺へお参りにこられたのです。話はこういうことでした。

 お父さんの亡
(な)くなる1週間前ごろ、娘さんは運転を誤(あやま)って車が道路わきの材木の山にぶつかり、横転(おうてん)した車内で気を失(うしな)っていた。そこへ通りかかった人がわざわざ車を止め、のぞいてくれたので発見(はっけん)され、家まで送り届(とど)けてもらって助かった。

 車は大破
(たいは)したが、さいわい本人はかすり傷(きず)くらいで助かった、ということでした。
ボケ
   境内

 さらに聞くと、看護婦
(かんごふ)をしているこの娘さんは病院勤務(きんむ)のあと、夕方から病気が重いお父さんの病院へ行き、翌朝まで付き添(そ)って朝早く帰宅し、一休みしてまた勤(つと)めに出る日が続きました。毎日、榛名山を一周(いっしゅう)していたことになります。その疲(つか)れからこのような事故を起こしてしまったらしい。

 「よく助かりましたねえ・・・」そういいながら、ふと思い出したのは観音さまの話です。

 観音経
(かんのんぎょう)では誤(あやま)って谷へ落ちたとき、船が難破(なんぱ)したとき、あるいは盗賊(とうぞく)に斬りかかられたとき、いろんな災難(さいなん)の時「南無観世音菩薩(なむかんぜおんぼさつ)」ととなえれば、必ず助けてくださると説(と)かれている。このA子さんはまだ命を終わらせるわけにはゆかない、けなげな娘さんだから・・・もしかしたら観音さまがこう思って救(すく)ってくださったのかもしれない。

 また観音さまはどこにでも姿を変えて現
(あら)われるといわれている。千手観音(せんじゅ かんのん)といって手が千本もあって、相手の人に応じて使い分けるとも言われている。もしかしたら、車から引き出して救(すく)って送ってくれた人が観音さまかもしれない。夢中(むちゅう)だったので、その人がどなたか聞かないうちに、立ち去ったとのこと。

 あなたの身近に観音さまはいつでもいらっしゃる。どこにでもいっしょうけんめい努力する人のところへいつでも現れて手を差しのべてくださる。逆
(ぎゃく)に考えれば、あなたもそういう人になりなさい。観音さまの心を持てる人になりなさい。努力している人に暖(あたた)かい言葉をかけられる人になりなさい、と説いているのが観音経、ともいえましょう。

                (1995・平成7年5月・東善寺だより)