住職のコラム     しあわせは「いつも」

しあわせは 「いつも」
 
 数年前のことです。
車でラジオを聴いていると相田みつをさんの話をしています。
 相田さんは心に響く言葉を独特の筆づかいでつづった書が評判で、本やカレンダーになって本屋さんに並び、あるいは有楽町(国際フォーラム)に相田みつを美術館が出来て、多くの方が訪れ、そこが心をいやす空間になっています。

 ラジオの対話がそういった相田さんを紹介しながら、進んでゆきます。こんな言葉もありますね、と女性アナウンサーが相田さんの次の言葉を紹介しました。
 「しあわせは じぶんのこころがきめる」
しあわせは
いつも
じぶんのこころがきめる

 私もよく知っている言葉でしたから、車を走らせながら私もうなずきました。でも……、おや、おかしいな。抜けている、と気が付きました。
 
 正しくは相田みつをさんはこう書いています。
 「しあわせは いつも じぶんのこころがきめる」
そう、さっきは「いつも」が抜けていたのです。

 「いつも」が抜けたままで考える時のしあわせは、たいてい身の回りのことがうまくいっている時、つらいことや、困ったことがない状態の時を思い浮かべることでしょう。
 でも、
 人間は生きていると必ず、苦しい時、困った時、失敗した時、うまくゆかない時、つらくて仕方がない時、を経験します。それは、貧富の差や、年齢の差はありません。

 「あの人はしあわせだ」と他人(ひと)に言われても、言われた本人はじつは何かしらの不安や心配ごとを抱えて生きている。そういった苦しい時や心配な時も、その中でしあわせは「いつも」自分で決めて、感じて、生きてゆかねばならない。だから「しあわせは いつも」なのです。つらい時、苦しい時を含めての「いつも」です。

 逃げてはいけない、みんな苦しさや心配ごとの中で、少しのしあわせを感じて生きていこう。相田さんは「いつも」という短い言葉に、そういうメッセージを込めているのです。

                            (2004平成16年4月 東善寺だより)
 
 喜多方市の熱塩温泉 でも

◇小栗道子夫人を護衛して喜多方市熊倉の戦いで戦死した佐藤銀十郎の事蹟を調べたあと、熱塩温泉の宿に入ると、廊下のガラスケースに将棋の名人戦のポスターが貼られていました。この宿が会場でもう終わったものでしたが、羽生名人も来ていたようです。一緒に飾られている色紙を見ていると、やはり某氏の色紙に
  「しあわせは じぶんの心がきめる」
とありました。
                               ( 2017平成29年12月1日)
相田みつをさんは】
栃木県足利市の書家・故人。自分の言葉で自分の字での表現をめざして筆をとったから、経済的には恵まれない生活を送った。そして生み出された言葉は、じつは師と仰いだ武井哲応師を通して道元禅師の教えを深く研究し、坐禅に打ち込み、絞り出した思考を自分なりの言葉で表現したもの。


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