住職のコラム ●布施 
        
       
布  施(ふせ)

         ただ彼が報謝(ほうしゃ)をむさぼらず
       自
(みずか)らが力を分かつなり

 <相手の感謝(かんしゃ)など期待(きたい)しないで、自分の力を差し出すことが大切。・・・道元禅師の言葉です>
つくばい
         境内

 こんどの阪神淡路(はんしんあわじ)大震災(だいしんさい)では五千人を越える人命が失われ、今まで住んでいた家は跡形(あとかた)もなく消え、何万人もの人たちが不自由な避難所(ひなんじょ)生活を送っています。

 仏教で説く布施は、見返りやお礼の言葉を期待(きたい)せず、むしろ布施をさせていただく機会を与えてくれた相手に感謝して行なう気持ちでするように、と説かれています。

 タイやミャンマー(旧ビルマ)の街角で托鉢(たくはつ)のお坊さんに食べ物やお金を布施している場面を見ることがあるでしょう。よく見るとお坊さんは決して頭を下げません。ゆっくり歩きながらただ受け取ってゆくだけ。食べ物をあげた町の人々がていねいに合掌(がっしょう)して頭を下げて見送ります。

 「寄付をしたんだ、布施をしたんだ』というおごりの心でなく、「人にほどこせるしあわせ」をしっかりかみしめる心の訓練をしているのだと考えると、わかりやすいでしょう。

 誰もがもっとお金がほしい、いい車がほしい・・・・、と金や物に執着(しゅうちゃく)します。しかし阪神淡路の大地震で家や家財道具いっさいを失った人が、「家族そろって暮らせる平凡な毎日が、いちばん大切だとわかった」と語っていました。

 平凡な毎日が大切な日だと気づかせてくれた授業料、と思ってぜひ募金にご協力下さい。

                (1995・平成7年2月・東善寺だより)