住職のコラム  慎獨・独りをつつしむ


慎 獨 独りをつつしむ
成人式の若者
 
 遠くから訪ねてくれた知人がはまゆう山荘に泊まるというので、夕食におつきあいして旧交を温めていました。

 ちょっと席をはずしてトイレへ行くと、入口あたりに若者が数人たむろして楽しそうに語っています。ずいぶんにぎやかだな、と近づいてわかりました。そうか、今日は成人式だった。式のあとクラス会ということでやってきて、トイレの前まで楽しい語らいの場にしていたのです。

慈母観音 本堂前
 
 さて入ろうとすると、トイレのスリッパがあちこち乱雑に脱ぎ捨てられています。オヤオヤ、と言いながらそろえ始めた私の手元に、すっと手が伸びてきてやはりスリッパを揃えてくれます。顔をあげると、先ほどの若者の一人が手伝ってくれたのです。

 うれしくなって、やあありがとう。えらいねえ、おかげですぐにきれいになったよ、と言いますと、ハイ、と照れくさそうに笑っています。

 20歳ごろの若者にとって、他人のはいたトイレのスリッパに手を出すのはなかなかできない。「荒れる成人式」などと報道されるおかしな若者の姿とは対照的な、この村の若者たちのさわやかな様子に、うれしくなりました。

 「慎獨」独りをつつしむ、という言葉があります。人間は一人になると気がゆるんで自分を律することがおろそかになる。そこを抑えて独りになってもやるべきことをする、それができると、本当に大人になったということでしょう。

 この次からは、誰も見ていなくてもトイレのスリッパをそろえられる人になる、成人式とは関係なくそういう事が出来る大人になることをめざしてほしいものです。
                 

 蛇足をつけ足せば……、
小栗上野介の縁で横須賀市が建設したはまゆう山荘は、市から倉渕村に贈与され、合併によって高崎市の施設になりましたから、今後の運営如何は市民の協力にもかかっています。

 職員の経営努力も必要でしょうが、市民の側ではなるべく多くの方に紹介することや、気がついたらトイレのスリッパをきれいにそろえておくくらいのことは「出来る努力」のうちに入るでしょう。「いつ行ってもトイレのスリッパがきれい」といわれる施設で、倉渕に来た人を歓迎しましょう。

                                        2006平成18年1月