住職のコラム ●  墓参りとしあわせ


墓参りとしあわせ

 先日、Sさんからお礼の手紙をいただいた。「先日はたいへんお世話になりました・・・・・」と始(はじ)まるその手紙のおしまいに「・・・・皆様のご健康とお仕合(しあ)わせを祈(いの)ります」とあるのを見て私は、おやと思った。「お仕合わせ」という書き方はちかごろめずらしい。

 Sさんは「私の先祖のお墓を教えてほしい」と六月半(なか)ばごろとつぜん寺に見えた方だった。留守番をしていた家内と母が聞くところでは、おじいさんの頃にこの村からブラジルへ渡ったが、今ブラジルから静岡県に働きに来ていて、休みがとれたのでぜひ先祖のお墓参りをしたくてやってきた、と丁寧(ていねい)な日本語で話す。

 「権田」ということを手がかりにバスを降(お)りたというが、権田にそういう苗字(みょうじ)の方はいない。そうだ村の上流の川浦(かわうら)に何軒(なんげん)かある、と家内が知り合いに電話してみると、運よくその隣(とな)りの家がおじいさんの出た家だとわかった。
シラネアオイ


尾瀬・富士見峠

 だが残念なことに、今その家はずっと留守(るす)で、町からたまに帰ってくるくらいだという。でもお墓はわかる、案内してもらえるということで、家内の運転で母と一緒にSさんを案内してお墓参りをすますことが出来た。

 Sさんはたいへん喜んで、時間があるので、と近くの旅館に一泊し、先祖のふるさとの空気をいっぱい吸って帰って行かれた。帰宅して話を聞き、翌朝早く朝の散歩で再び寺へ見えたSさんに会った私も、先祖の眠(ねむ)る故郷(ふるさと)をおとずれ、墓参りをすることがこんなにも心が休まるものか、と他人ごとならず感じた。

 さて、礼状の「お仕合わせ」だが、今は一般に「幸せ」と書くがじつはこのSさんのような書き方が本当だった。もともと「仕合わせ」とは互いに相手のため人のために何かをすること、奉仕(ほうし)すること、仕合うことという意味らしい。私なども最近は「幸せ」と書いてしまうが、こちらはなんとなくあまり努力しないで幸運(こううん)が転(ころ)がり込んでくるのを待つようなイメージが感じられないでもない。

 ブラジルのSさんが一生懸命(いっしょうけんめい)丁寧に書いてくださった手紙の「仕合わせ」という書き方や本来(ほんらい)の意味が、今は日本から消えてしまって、自分の損得(そんとく)だけを優先(ゆうせん)し、他人への奉仕を忘れた生き方ばかり追求(ついきゅう)する自己中心的な日本人社会になってしまったら、ブラジルから「ふるさと日本」へ働きに来た人たちを幻滅(げんめつ)させることになる。心せねば、と思った。

                       (1992・平成4年8月・東善寺だより)

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