住職のコラム(東善寺)    仏縁は勝縁 ぶつえんはしょうえん   


仏縁は勝縁 ぶつえんはしょうえん

 新年そうそうのあるお通夜の席で、お勤めが終わってお齋(とき)をいただいていると、若い方がやってきて(喪主の)親戚の者です、と挨拶したあと、思いがけない話をしてくれました。

 私は埼玉県のある町に縁があって婿
(むこ)に入って義父(ちち)の会社を一緒にやっているのですが、昨年春に義父(ちち)がお寺に寺号(じごう)額を寄付しました。その納品の日、義父もお寺で待っていると、運んできた新潟の業者さんが「今日は午前中に高崎市のお寺にも納品して取り付けてきました」というので、高崎のどこか、と聞いたら倉渕町の東善寺さんです、というではありませんか。

 なんと、そこは自分も小栗上野介のお墓に何回かお参りしたことがあるし、しかもたしかうちの婿の実家の菩提寺だ。何という偶然か!と義父はびっくりした、
 ……という話でした。
 


寺号額 
「東善寺 当山二十一世巍山泰賢」 平成20年春
 
 ふつう寺号額をつける場所は、山門と本堂の正面、さらにつけるなら本堂内の入ってすぐ上の正面、以上3ヶ所くらい。だからすでに付いていれば寄進をできない。たまたまその埼玉のお寺さんはなかったからお義父(とう)さんが発心(ほっしん)して寄進をされた。わが東善寺も戦前に焼けて戦後に復興した寺だから寺号額までは手が回りかねていたが、御寄進をいただける縁があって昨年に設置の運びとなった。

 こうした二つのお寺への別々の方の御寄進の仏縁がさらに広がって、ふつうにお寺に額を寄進しただけにとどまらない、埼玉県にお婿さんに行った若者のお義父さんや家族にとって忘れられない二重の喜びになった。まさにこういうのを勝縁(よい縁)というのだろう。

 ○
「積善(せきぜん)の家には必ず余慶あり」…よい行いを続けた家には、必ずその子孫にまで及ぶよい報(むく)いがある(中国の「易経」)

 まさにこの言葉通りの余慶があったといえましょう。お通夜の席ではありますが、お正月にふさわしい、いいお話を聞かせていただきました。
                            2009平成21年1月