小栗上野介と日本海海戦東郷元帥の謝辞

小栗上野介と日本海海戦
東郷元帥の謝辞



東郷平八郎
 三笠記念艦にて

明治45年夏、東郷平八郎は小栗上野介の遺族を自宅に招き「日本海海戦で完全な勝利を得ることができたのは、小栗上野介さんが横須賀造船所を作っておいてくれたおかげです」と礼を述べた。

                     東郷元帥の謝辞
◇東郷平八郎の自宅へ招かれたとき、会津で生まれ東京で成人して矢野貞雄を婿として迎えた遺児クニは自宅に残り、小栗貞雄と息子又一(12歳)が出かけた。日露戦争が終結して7年目であった。
 東郷平八郎は、小栗父子に上座に座るよう勧めたという。それを固辞して座に着くと、東郷は日露戦争の勝因が第一に明治天皇の威光が絶大であったことを述べたあと、「軍事上の勝因の第一として、小栗さんが横須賀造船所を造っておいてくれたことが、どれほど役立ったか知れません、」と、実に気持ちよく率直に礼を述べた。


小栗貞雄 明治の作家矢野龍渓の弟

                       東郷は書を贈る
◇ご馳走してもてなしたあと東郷は、その日の記念として自分の書を送りたいと申し出た。貞雄はそれを受けて、せっかく揮毫(きごう)してくださるならその書の為書(ためがき…○○の為に書いたという宛名)は自分の名にしないで同行させたせがれ又一の名前にしていただきたい、とその名前の由来も説明した。又一はいつも「一番槍は小栗殿!」という報告が来ることから「また一番か」ということで四代忠政が家康公からもらった名で、小栗家代々の名として上野介も又一を名乗っていたことを聞いて東郷は顔をほころばせ、「それはいい名前だ」と快く承知し、しばらくして小栗家に届けられた書には「仁義禮智信  為小栗又一君」と書かれていた。

                       書額を東善寺へ
◇平成9年4月、東善寺から小栗上野介130回忌の小栗まつりを案内したところ、「都合で行けないが、これを寺に寄付するから皆さんに見てもらってほしい」と子孫忠人氏から東善寺へ寄進された。そのあと続けて「これを見てもらえば、ひいお祖父さんの名誉回復になるだろうから」という言葉があった。明治維新政府に罪なく殺されたまま、小栗上野介の名誉はまだ回復されていないままである、と子孫がうけとめている言葉である。

東郷元帥の書額 
右から「仁義禮智信 壬子夏為小栗又一君 東郷書」    東善寺蔵
東郷元帥の子孫が参拝
◇平成16年8月、東郷の曾孫保坂宗子さんはご主人の義雄さんと子息二人の家族で参拝された。たまたま見ていたNHK「そのとき歴史が動いた」で曽祖父の書が紹介されたのに驚いて、ぜひ参拝したかった、とのことであった。
 宗子さん夫妻は、3月にロシアで行われたポーツマス講和100周年記念サンクトペテルブルク国際会議に出席し、講演「曽祖父の生き方と私」でこの書額に触れ、明治政府軍が殺したままの小栗上野介の業績を曽祖父は率直に認め、その子孫を招いて礼を述べた「至誠の人であると思う」と語られたという。

書額と曾孫家族
東郷元帥の曾孫宗子さん夫妻・家族が書額の前で記念撮影
2004・平成16年8月

                     東郷の謝礼の意味二つ
1、水雷艇・駆逐艦  日本海海戦で戦った三笠をはじめとする大きな戦艦はほとんどがイギリス、ドイツ、アメリカ製であった。昼間の戦艦どうしの砲撃で傷つき逃げるロシア艦を追って、夕方になって出撃を命じられた駆逐艦・水雷艇が、猛スピードで間近に接近し、水雷を放って確実に沈め、完全な勝利をもたらした。それらの中小の水雷艇・駆逐艦のほとんどが横須賀と呉で造られていた。
2、修船場  造船とともに発達した艦船の修理技術が、バルチック艦隊を迎える前の連合艦隊艦船のオーバーホールを可能にし、最大限の艦船能力を引き出せたこと。幕末にモッコとツルハシで掘りあげたドックの存在がとくに大きかった。
 以上二つが日本海海戦においてどれほど役立ったことか、という東郷の感謝につながった。 もし、日本海海戦に敗れていれば日本の国運はかなり違った方向に展開していたことであろう。小栗が「いずれ土蔵つき売り家になる」と笑ったその土蔵が国を救ったといえる。

  
                  5月27日の因縁話
小栗上野介が外国奉行のとき起きた「対馬事件」(1861文久元年2月)で、対馬を占領にかかったロシア軍艦を退去させることが出来ず、煮え湯を飲まされる思いを味わっている。
その44年後に横須賀造船所が役立ってロシア艦隊を破ることができたのが対馬沖での日本海海戦(1905明治38年5月27・28日)。
そして、小栗上野介が西軍に殺害されたのも、くしくも5月27日(慶応4年閏4月6日)だった。

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