| 住職のコラム(東善寺) ●● 小栗上野介の濡れ衣・四国・蝦夷を担保にした |
| 《小栗上野介のぬれぎぬ》 「四国を担保にした」、あるいは 「北海道を売ろうとした・・・・」という説 |
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明治以後「小栗は四国を・・・」あるいは「北海道を担保にして、フランスから借金をしようとした・・・」という説が語られ、幕府を守るためになんでもする男のように見られてきました。 小栗上野介は、 1、四国を担保説は・・・歴史学者・中村孝也氏説 「先年、天皇中心主義の最高潮期に、当年の有名な史家、中村孝也氏は当時発表した論文の中に、 「四国を担保」説の出処は勝海舟の言葉から この説は勝海舟の言葉から始まっていると思われる。 坂本氏は次のように述べている、 2、樺太を担保にする説は…「ロッシュの提案だけ」 「ロッシュは、・・・(慶応3年2月6,7日に大坂で徳川慶喜と会見した後24日間滞在して)・・・しばしば老中板倉勝静・外国奉行・平山敬忠らと会見し、その間、財政確立のために、英仏両国より5百万ドルの借款を起こし、その担保として、樺太島における鉱山採掘権の譲渡を提案している。」(『幕末外交史の研究』大塚武松・宝文館・昭和27年) |
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![]() 『幕末外交史の研究』 大塚武松 ・宝文館・昭和27年 |
もちろんロッシュが老中らに、樺太の鉱山採掘権譲渡を提案しただけで、実現を見なかったわけである。この話は、次の著に将軍への提出文書として出てくる。 「慶応3年4月13日仏国公使ロッシュより将軍への上書の一節に『大君このときに当り借銀を約定せんとす。ついてはその望み通りの質を差し出すべし。その内には大君収納の内たる蝦夷地を質に取らせん。政府の収納および今英仏の大商社へ与へんとする蝦夷地の金銀山より出ずるものの高を以って、右借銀の元利を払ひ納めんとす。故に、彼の旨趣にては此の両大国へ力を請はんとす。其の内一へは陸軍を頼み、一へは海軍のことを頼まれしなり。』・・・・北海道の鉱山を担保として英仏から借款し、英の海軍仏の陸軍の援助を得んとするの説である。」 (『幕末外交物語』尾佐竹猛・文化生活研究会・大正15年) この蝦夷地担保説はロッシュが提案しただけで実現はされていない。小栗上野介とは無関係の借款話であることがわかる。 |
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3、淡路島を担保にした説…「人心動揺の時機の根無し草」
ついでに「フランス公使が淡路島の租借を要請」という話についても、大塚武松氏の著に触れておこう。 |
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![]() 『坂本龍馬と明治維新』マリアス・ジャンセン・時事通信社・1965昭和40年 |
マリアス・ジャンセンの著『坂本龍馬と明治維新』からも、 これらを総合して考えると、勝海舟の言葉をそのまま鵜呑みにして、小栗上野介を単純な佐幕論者に仕立て上げるための「四国」あるいは「蝦夷担保説」に思われてくる。 |
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4、新しい「北海道売り渡し」説・・・2002年1月追加 さいきんまた「北海道を売り渡そうとした小栗上野介」と書いている本がでましたので紹介します。
『封印の近現代史』渡部昇一・谷沢永一著・ビジネス社・2001年8月発行 |
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「勤皇軍により本当に処刑になったのは、近藤勇と小栗上野介の二人である。あとは戦死で、処刑されてはいない。この二人が処刑されたのは、それだけ憎まれたからである。近藤勇は新撰組の大ボスで、新撰組のために維新の志士たちがどれほど苦しんだかを考えれば、当然のことである。それから、小栗上野介は彼のプランに従えば、官軍は負けるはずだったのである。だから憎まれて殺されたのである。」・・・・・渡部 「封印の近現代史」(ビジネス社2001年)より |
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「小栗上野介が殺されたのは憎まれたから・・・」とは、なんとも子供じみた非論理的な話で恐れ入る。ともかく、 *追加* 「フランスから金を借りて、その代わり北海道を渡して、横須賀に軍需工場を作って軍艦を作るという構想」・・・この部分の論拠と思われる誤りが見つかりました。下記のページをご覧ください。 |
| 参照「横須賀一覧明細図を読む」:横須賀製鉄所には、溶鉱炉はなかった 参考「小栗の濡れ衣・横須賀製鉄所の借款説」:造船所建設の借款話は古文書の読み違いから。 |