住職のコラム  マザーマシン
マザーマシンに感動

「知事からは、いつも現場へ出るようにと言われますが……」 新しい県庁で会った県の幹部は、いま駐車場工事中でマイカー通勤が 禁止ということもあって、高層の部屋で仕事をしていると外へ出かけ るのがついおっくうになる、とこぼした。現場へ出ないで仕事をする と、思わぬミスを招くこともあろう。高層化したらよけい現場に出る ことを心がけてほしいものだ。

現場といえば、今は米軍基地になっている横須賀造船所に、幕末に 購入したハンマーが残っていると聞いて、数年前に見学に入ったこと がある。案内されて驚いたのはその大きなこと。高さ約五メートルも ある半円形の鉄のアーチがどっしり据えられている。しかも、工場長 は「ちょうど仕事が入っているので動かします」と言う。

驚く私たちの目の前に、すぐに真っ赤に焼かれた三〇〇キロの鋼材 が天井のクレーンで運ばれ、アーチの中央のハンマーの真下に据えら れると、ハンマーがスチームの力によりハンドル一本でスッと上がり、 自重三トンの凄い響きで打ち落とされる。
 何回か繰り返されるとたち まち成型され、キノコのような形になった。あれは何ですか、と聞く と秘密ですが、と耳元で「空母インディペンデンスのボイラーに故障 が生じて、ボルトの注文が入ったので、打っている」と教えてくれた。
 なんと、幕末一三〇年前に買い入れた機械で、最新鋭の航空母艦の 部品を作っている!上野介が日本の近代化に役立つことを確信して建 設を推進した施設の中で、その当時の道具が現在も実際に役立ってい るのだ。私は胸が熱くなってきた。

スチームハンマー(3トン)
マザーマシンと呼ばれ、あらゆる機具の母機として活躍した。

ところが、「この道具ですぐ船が造れたわけではありません」と、工場長はいう。 私の不審を察してさらに説明する。「当時は、ドライバーも、ボルト 一本も日本製がなかったから、まずこのハンマーで機械を作って工具 や部品を生み出し、それから造船に入っていった。いちばん原点にあ るこのハンマーを、現場ではマザーマシン、と呼んでいます」

 マザーマシン……ごつい現場に似合わないなんともやさしい言葉を 聞くものだと、印象深かった。作家司馬遼太郎は「横須賀は日本近代 重工業の源泉」(『三浦半島記』)と書いたが、このハンマーがその 象徴とすれば、横須賀市そのものが日本のマザーマシンだった、といえよ う。ハンマーを支えるアーチの基部の、1865(慶応元年)オラン ダ・ロッテルダムで製作、という文字も誇らしげに見えた。

 さらに 工場長は、新しい施設ができたから、このハンマーを動かすのもこれ で終りでしょう、といくぶん寂しそうに語る。スクラップか、と心配 したら、その後横須賀市で引き取って、ドックの海向かいの公園に上 野介と仏人技師長ヴェルニーの胸像に並べ、近代化の遺産として展示することになった。

 動かないのは残念だが、やむを得ないことか。あの時が稼働する最後の姿となったから、いい時現場を見せていただいた と思っている。

                                              (上毛新聞「オピニオン21」2000年5月15日掲載)

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