小栗上野介の史跡         権田村・小高用水


小栗上野介の史跡

小 高(こたか)用 水
死の直前まで村人のために農業用水路を開いていた小栗忠順

NHK[その時歴史が動いた―小栗上野介」で紹介されたのはここです。

 小栗忠順は明治維新による幕府解散で、慶応4(1868)1月15日に勘定奉行兼海軍・陸軍奉行などを解任されると、1月28日幕府へ所行地上州権田村への「帰農願」を提出した。翌日「帰農勝手たるべし」と沙汰があって移住の準備を進め、2月28日江戸を出発して3月1日に権田村東善寺に到着した。

 権田村に住んで若者に新しい教育を伝えることを目指した小栗忠順は、東善寺に仮住まいして近くの観音山に屋敷の建設を進め、水のない観音山に小至沢(こいたりざわ)の源流から水平に水の道を求めて測量し、尾根伝いにたちまち水を引いてしまった。この測量は忠順自身がしたというより、養子の又一あるいは家臣が横須賀造船所の建設工事を指導していたフランス人から教わったフランス式測量法、と思われる。(現在の日本の測量法はドイツ式が主流)
小高
 
 これを見た小高集落の人々は、「うちの村は谷が浅いので水が細くて大雨が降らないと田植えが出来ず、いつも困っているから」と、尾根一つ越えた稲瀬沢(いなせざわ)の水を引くルートを測量してくれるよう頼む。快く承知した小栗忠順はさっそく用水のルート測量を開始した(又一か家臣に命じた)。

「小栗日記」には次のように二回関連記事が登場する。

 「四月十二日 天気よし 朝小高の辺へ出かけ、それより水路検分のため締場(わなば)まで行き、九時過ぎ帰宅」
 「四月十四日 天気よし 朝普請場(ふしんば・観音山)へ行き、昼過ぎから小高へ用水路の検分に行き、夕刻帰宅」(「小栗日記」)

 そして測量をほぼ終えたところで閏4月6日に西軍によって殺されてしまう。

 小高の人々は小栗忠順の死後、測量された約一キロのルートに従って用水の開発を進め、完成させた。

 用水はいまも「小栗様が引いてくれた水」として部落の中を流れ、田を潤し続けている。初めは素掘りの水路であったが、素焼きの土管に変わり、さらに戦後にコンクリートの三面水路から塩ビパイプに替って、いまではパイプが地中に埋まっているため途中の林の中では流れている様子は見えない。

 パイプに替えてから、土中でのゴミ詰まりを防ぐため、今でも各家で順に「水番札」を回して巡視し、水源付近のゴミ取りを怠らない。
【御注意】この画像ページは小高用水の取り入れ口、つまり上流から紹介しています。現地を訪ねる方はページの下から見てください。源流はわかりにくいですから、地元の人に訊ねておいで下さい。
稲瀬沢の取り入れ口 大きな杉の林にある。昔は石でせきとめただけのものだった。ここから左のパイプ(地中)に導かれる。 砂溜り(沈砂池) まずいったん水に混じる砂をここで沈めて水だけにし、落葉などのゴミも金網で防ぐ。 ゴミ取りは取り入れ口と、ここと、次のゴミ枡の計三か所。 
ゴミ枡(ます)  砂溜りの次にもう一回ここでゴミを最終チェックする。ふだんはフタをしています。
このまま飲めるいい水です。
水番札(みずばんふだ) もう一枚の札が回ってくると見廻りに来て、ゴミ取りをしたあと、持参した札と取替え、次の家に回す。
水の道  右手の尾根を越えるため、山腹に切られた水の道が杉林を横切って伸びている。水の道はほぼ水平のため歩きやすい 看板「小高用水」 戦後に部落の上でもう一本の用水を加えたから現在は太い水量となって流れている。当初は細かった。
浅間山 水路の途中からは角落(つのおち)山の右手に白い浅間山が顔をのぞかせているのが見える。 小高 当初、水量が細い時代はクジによる2時間交代の使用となり、真夜中でも交代でわが田に水を引いて田を守った。
小高への道 国道406号、倉渕支所の先約300mで佐藤建設と加藤農機の間を右折、すぐの分かれ道がここ。左の道を選んで急坂を上ると小高の部落に出る。
 
 この小高用水を歩くと、小栗忠順が無実の罪で殺される直前まで土地の人たちに溶け込んで生活してゆこうとしていたことが見えてくる。まさに「希望に燃えた権田村の日々」であったに違いない。

ところが
 倉渕村と合併する直前に発刊された「高崎市史・通史編」ではこの小栗忠順の権田村への帰農移住を
あたかも、西軍への抵抗拠点構築(戦争準備)のためであった、だから殺されるのは当然ともとれる思わせぶりな文章でまとめている。

傍証論拠としているのは幕末当時の幕臣たちの古文書であるが、いくら小栗忠順の周囲の人物が混乱の幕末にあれこれ勝手に書き残した文書があろうとも、本人が実際にしていることを史実として見つめない結論は、いかがなものかと思う。

よ〜く史実を現地で見てほしい
○小栗家と用人塚本真彦家は、夫人や老母、幼児まで連れて家族ぐるみで移住している。家族ぐるみで戦争準備ができようか。
○戦争準備に来ていたら、小高部落のために用水を測量しているヒマがあろうか。この小高用水を歩いてみると、つくづくそう思う。
関連ページ
小栗上野介関連史跡案内(リンク)